*ホトトギス🌸

 

 

朝日が心地よくて

澄んだ空気が心地よくて

深呼吸をして

新しい空気を

胸いっぱいに吸い込んで

五感で感じる時

ありがたいな~

幸せだな~

と感謝であふれてきます。

 

 

そんなどうってことのない

1日の始まりを心地よく感じるのは

心を開いて

ゆるみを持つことができているからなんだろうと思います。

 

 

朝日も

澄んだ空気も

いつでもそこに

あたり前にあったものですが

心を閉じて

緩みがないと

目に入らないし

感じないんだなと

改めて感じます。

 

 

自分の意識はどこを向いているんだろう。

自分の外側

誰かに負の感情を抱き

心を奪われている時や

心配ごとなどに振り回されている時は

 

 

そこだけへ意識が向いていることが多く

そのため

周りにあふれている幸せに

氣づきにくく

幸せ度がさがるような気がします。

 

 

幸せって

いつでも自分の周りにあふれているのに

見えていないし

感じていないことは

多いのかなと。

 

 

心を開くと

自分のいろんなところに氣づきます。

いいと思えるところも

そうでないと思えるところも

ずるいところだって

あって当たり前。

ニンゲンだもの。

 

 

だから

厳しい目でジャッジをするのではなく

いいじゃん、いいじゃん、ニンゲンだもの。

優しい目で受け止めた時から

心は解放されていくのだと感じます。

 

 

誰かに心を開けない

と感じる時もあったりするけれど

誰かの前に

自分に向けて

自分の心を開くことから。

 

 

五感を使って

見て感じて

緩みを作って

あるものすべてを味わう。

そこに幸せの足音が聞こえてくるのだと

思います。

 

 

===============

 

最後まで読んでくださりありがとうございます。

読んでくださった皆様の幸せを祈って。

 

** 感謝 **

 

 

 

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わするなよ

この世

のちの世(後の世)へだてなく

守る出雲の神のめぐみを

 

 

●訳

生きている世にあっても、後の世にあっても

いつも見守って下さる御親大神に感謝して

お喜び戴ける暮らしを尽くすことを怠ってはなりません。

特にあの世での恵を戴くことを忘れずに

今を大切に暮らしましょう。

 

 

常陸の国出雲大社に祀られているオオクニヌシノオオカミは

・・・・おっさん!(失礼シマシタ)

 

 

イメージと違う・・・  (;^_^A  

オオクニヌシノオオカミはモテ男だと伝えられているため

勝手にイケメンを想像していたのですが

ちょっとこわもてのおっさん風。

 

 

勝手に現代のイケメンを想像しつつ

参拝させていただいたのですが

それは

現代とその時代との違いを表しているわけで

オオクニヌシノオオカミの時代は

モテル男の条件を満たしていたんだろうな~と。

 

 

見れば見るほど味がある顔つきと風貌。

地上の国を作り上げた

勇ましさや威厳を感じ
親しみがわいてきました。

 

 

 

 

常陸の国出雲大社拝殿の大きなしめ縄。

それは

ニンゲン界と神の世界の境目に

結界が張られているかのようで

空気感も違っていました。

 

 

二礼四拍手一礼。

一般的には

二礼二拍手一礼なのですが

出雲大社では

二礼四拍手一礼になります。

 

 

拝殿に四拍手が響き渡った時

その空気感に圧倒され

胸に迫るようなものを感じました。

 

 

私達が住む

日本のこの国をつくりあげてくださったことへの感謝。

お会いできたことへの感謝。

 

 

感謝をしながら

オオクニヌシノオオカミが喜んでくださるような生き方を。

1日1日を精いっぱい生きないとな・・・

そんな思いが広がっていきました。

 

 

「生きている世にあっても、後の世にあっても

いつも見守って下さる御親大神に感謝して

お喜び戴ける暮らしを尽くすことを怠ってはなりません 。」

 

 

 

本殿に張り巡らされている

縦格子に顔を近づけてみると

 

 

今、私が今いる所とは違う

ひんやりと引き締まった空気が流れてきて

頬を優しく撫でました。

 

 

その温度差や

あまりにも違う空気感。

かと言って、その縦格子から

表に向けて風が吹き抜けていくことはせず

ただただ

神の世界に留まる神聖な空気。

 

 

 

ふと氣づいたのが

拝殿の屋根にいた鳥。

この鳥が何を意味するのか調べてもわからなかったのですが

もしかしたら古事記にでてくるキジなのかなと。

 

 

アマテラスオオミカミが

オオクニヌシノオオカミの国を奪うために

2人の神様を使いにやったのですが

天上界には帰らなかったため

どうしたのかと

その様子を見に行かせたのがキジ。

そのキジは

2人の神様の内の1人に殺されてしまうのですが。

 

 

 

オオクニヌシノオオカミは

サンタクロースのように

大きな大きな袋を抱えています。

 

 

私達の苦難を肩代わりし

幸福を分け与えるために

大きな袋を背負っていらっしゃるのだとか。

 

 

神様だからできることなのでしょうけれど

苦難を肩代わりしてくださるなんて

なんて大きな神様なのかと

改めて

そのお顔を覗きこんでみると

こわもてのおっさん風だったお顔が

優しいお顔に見えてきました。

 

 

何かと辛いと感じることが多い世の中。

一人で抱きしめて

行き場を失ってしまうような

そんな感覚に陥ることもありますが

 

 

そういう時は

オオクニヌシノオオカミに向かって口にすると

その辛さは

きっとオオクニヌシノオオカミが

肩がわりしてくださり

いつか喜びに変わる時が来るような気がします。

 

 

わするなよ

この世

後の世へだてなく

守る出雲の神のめぐみを

 

 

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最後まで読んでくださりありがとうございます。

読んでくださった皆様の幸せを祈って。

 

** 感謝 **

 

 

 

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*マイガーデンから🌸

 

 

日々の生活の中で

タイミングが悪いな~と思うこともあれば

グッドタイミング!

と満面の笑みで喜ぶことも

あるかと思います。

 

 

でも

タイミングが悪いな~と思える事柄も

宇宙全体の流れから見ると

グッドタイミングなんだろうな

と思えます。

 

 

タイミングが悪いと思える事象は

グッドタイミング!

そう思える事象に巡り合うための

序章なのだと感じます。

 

 

けれど人は

自分にとり都合のいい部分だけを拾い

都合のいいように解釈してしまう傾向があったり

肝心なことを意識の外へ追いやって

忘れてしまうことも多いため

タイミングが悪いこと、イコール

グッドタイミングなのだと氣づかないのだと感じます。

 

 

グッドタイミングには

大きいものから小さなものまでありますが

何かを始める時のタイミングは

人により違い

それは、年齢にも反映されるのだなと

多くの人達を見て氣づかされます。

 

 

何かを始めるタイミング。

あの人は20代。

あの人は30代。

あの人は40代。

あの人は50代。

あの人は60代。

あの人は70代。

あの人は80代。

 

 

それぞれの人のタイミングでやってきて

目の前にやってきた流れに乗った時。

 

 

その時がグッドタイミングで

始めることに年齢は関係ないし

何才であっても

遅すぎることはないのだと思います。

 

 

神様は、ちゃんと見てくださっていて

その人のタイミングで叶えてくれるように

気を遣ってくださいます。

 

 

けれど

心で思うだけで準備が不十分な時は

「タイミングが悪い」とか

「できない」と

折角のチャンスを

自ら手放してしまうこともあるのかなと。

 

 

もしかしたら

大切な大切なグッドタイミングは

明日なのかも知れないし

1年後なのかも知れないし

10年後なのかも知れませんが

 

 

神様が与えてくださったタイミングを逃さないよう

準備は整えておかないとな

と思います。

 

 

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最後まで読んでくださりありがとうございます。

読んでくださった皆様の幸せを祈って。

 

** 感謝 **

 

 

 

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