韓国に渡った北朝鮮出身者の約56%が世襲による金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記の権力継承に否定的であることが、韓国で対北政策を担う統一省が6日、初めて発刊した「北朝鮮経済・社会実態認識報告書」で明らかになった。北朝鮮住民の間で世襲体制への否定的意見も強まっている。報告書は脱北者約6300人を調査した結果をまとめたもので、北朝鮮で社会主義経済体制が事実上崩壊し、人々が国家に頼らず、自活する状況も鮮明になった。

統一省は2013年以降、韓国入りした脱北者を対象に調査してきたが、結果は非公開としてきた。北朝鮮政権への刺激を避けようとする意図も働いたようだ。だが、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は北朝鮮内の人権状況の改善を優先させる立場を打ち出し、昨年は北朝鮮人権報告書の初公開にも踏み切った。

実態認識報告書によると、16年以降の脱北者のうち56・3%が正恩氏の世襲を否定的に評価。正恩氏の祖父、金日成(キム・イルソン)主席の血族を指す「白頭(ペクトゥ)血統」による世襲制への否定的な評価は、00年以前の脱北者で22・7%だったが、16〜20年に脱北した人では54・9%に上昇した。正恩時代に入り体制への否定的な見方が強まった実態が判明した。

外部の映像 8割超が視聴経験

外部の映像を視聴したことがあるとの回答は00年以前では8・4%に過ぎなかったが、16〜20年の脱北者では83・3%に達した。金体制は、住民が韓国の豊かな生活などを描いたドラマを目にすることを警戒。20年末に外部映像の流布に死刑も適用する法律を施行したが、既に外部の映像が広く浸透している現状が裏付けられた。

脱北前の3〜4年間で監視や統制が強化されたとの答えは、11年までの脱北者で50・7%だったのに対し、12年以降では71・5%に急増。当局は住民の統制に躍起になっているとみられる。

社会主義経済体制の崩壊も浮き彫りになった。食糧配給を経験したことがないとの回答は72・2%に達し、逆に闇市場を体制側が追認する形となった「総合市場」で食糧調達する人が7割以上に上った。住民の所得源も正規のものではなく、密輸や裏耕作を含む非公式の経済活動によるものが68・1%を占めた。

「党の犠牲になるより個人の仕事」

自国通貨への信用は下がる一方で、正恩政権に入ってから中国人民元の流通量が約5倍に拡大。本来は公有であり、禁じられているはずの住宅の売買経験があるという人も46・2%に上った。

経済活動の活発化から「個人のために仕事をすることが党や国家のために犠牲になることより重要」との回答は53・2%に達した。半面、幹部らの不正腐敗は深刻化し、正恩政権以降、賄賂供与の経験は倍近くに増加。月収入の3割以上を賄賂などで取られるとの回答も41・4%に上った。

韓国の金暎浩(キム・ヨンホ)統一相は報告書で「北朝鮮の実態への正確な理解が北朝鮮の変化を導き、自由で平和な統一に向けた最初のステップとなる」とした。