もう立ち直れないえーん、あんな悪夢のような経験は二度とごめんだと思っていた。

 

・・・が時間は過去の失恋の痛手だけではなく(いっぱいあったなー悲しい

マイホーム購入大失敗によって負うことになった心の傷をも癒してくれた。

 

数カ月もするとその心の傷はほぼ塞がり、

再び現実が見えるようになった。

住宅ローンを組むなら、一日でも若い方がいい、

いつまでもうじうじ凹んで

貴重な時間を無駄にしている場合ではないと

自分を奮い立たせられるまでになった。

 

気を取り直して物件探し再開である。

 

普段はあまり演技を担ぐタイプではないのだが、

購入に失敗した物件のあった地域は、

さすがに鬼門ドクロかもしれないと敢えて候補地から外した。

それでも相変わらず築年数の浅いマンションということで探していたが、

何軒か内見にいくうちに、

これって本当に私が住みたい環境?と疑問が湧くようになってきていた。

 

再開発でマンションが密集している地域は

もともと工業地帯や倉庫街だったところなので、

緑も少なく、どうも人工的で無機質なのである。

敷地内はどこも画一的で個性がなく、

細長い箱の中にたくさんの住人が詰め込まれていて

息苦しさすら感じられるようだった。

何より、「えっと、ここどこの国でしたっけ?」っていうくらい、

イギリスイギリスらしさがみじんも感じられない。

 

次第に、せっかくイギリスに住んでいるのだから、

少しでもイギリスならではの魅力を感じられるような街並みのある

住宅街に住みたいと考えるようになっていた。

 

友達や同僚におすすめはないかと相談してみると

日本人の友人と、イギリス人の同僚の二人から同じ街の名前が挙げられた。

日本人の友人は実際そこに住んでおり、

イギリス人の同僚は友達が住んでいてしょっちゅう遊びに行っているということだった。

私にはまったく縁もゆかりもなかったロンドンの東の果ての街だった。

 

さっそくその地域の売却物件を検索してみたところ、

ぎりぎり予算内に収まり、見た目が私好みの物件が売りに出ていた。

住宅街にある3階建てのこじんまりとした建物の2階に位置する1LKの物件で、

新築ではないが、レンガの壁の建物の外観の写真と

スタイリッシュな内観の写真を見て、一目ぼれした。

早速、週末のオープンデーでの内見を申込み、

未だ足を踏み入れたことのない、ロンドンの東の奥深くに乗り込んだ。

 

初めて降りる駅から徒歩2分のところにある

全16戸のそのフラットは、写真そのままであった。

住宅街の小道に面して建っており、

集合住宅はそこだけで周りはすべて戸建ての住宅だった。

新しめと言っても築10年なので

(それでもイギリスでは築何十年が普通なので新しい方)

廊下や階段などといった建物内の公共のスペースには

ちょっとくたびれ感が出てきている印象だったが、

私のお目当ての1LKの物件の中は、

全てが私好みに仕上がっていて、気分が一気に盛り、

ここでいいかもしれない!思った。

 

・・・いやいや、ここはきちんと頭を冷やして慎重にいかねばならぬ。

何せ一度失敗しているのだ。

 

頭が冷めたところで、数日悩み続けた。

すごく気に入りはしたけど、

ほんとにあそこに決めちゃって大丈夫なのかと。

気分が高揚した状態で内見したので、

見落としていた部分もたくさんあったかもしれないし、

いくら友達が住んでいるとはいえ、

自分が全く知らないロンドンの東部というのも引っかかっていた。

うーーーーむ、どうしよう、と悩んでいると、

そんなに決めかねているなら、もう一度見に行ったら?と提案してくれる人がいた。

そうかその手があったか、と、二度目の内見を申し込んだ。

二度目に冷めた目で見ても

自分がそこに住んでいる姿は容易に想像できた。

だが、収納スペースが少なめだというのが気にかかった

さらに、知らない地域に対する抵抗感からか、

街を行き交う人がどうも怪しい人々に見えてしまって、

街に対する印象はよくないままだった。

内見が終わり、不動産屋が当たり前ながらどうですか?と尋ねてきた。

「いいとは思うのですが、、、うーん、、、」と

歯切れの悪い曖昧な返事をした私に、

不動産屋は

「すでに何人か興味を示している人がいる」という常套文句で攻めてきた。

「これ、人気の商品で最後の一点なんです~」と同じやつである。

これにいとも簡単にころっとやられてしまった。

 

「入札します。」

 

まずは売主が提示する希望価格よりも

200万ほど安い額で入札した。