休日だからこそ振り返ってみています | 熊本 アロマセラピー・カラーセラピー・カウンセリング・ヒプノセラピー スクール&サロン  Robe ~ローブ~  

熊本 アロマセラピー・カラーセラピー・カウンセリング・ヒプノセラピー スクール&サロン  Robe ~ローブ~  

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Robe取扱商品・・ゼフィール社(エッセンシャルオイル他)アロマ関連グッズ
             

ゴールデンウィークも後半ですね。 

皆さん、いかがお過ごしでしょうか? 
 
私の家では、夫はお茶の全盛期でずっとお仕事です。
 
 私も諸用の毎日です。
 
そんな中、帰省してた息子を誘い、運動公園の丘にブルーシートをひいて暫しのんびりもしてみました。
 
急に暑くなりましたが、丘の上の木陰は十分涼しかったです。
 
心地よい風や、まわりで遊ばれているご家族の笑い声や小さなお子さんのが走り回っている様子を眺めたり、買ってきた美味しいサンドイッチを食べたり、ゴロゴロしたり・・と、風の丘を堪能しました。
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【十牛図】
 
「十牛図(じゅうぎゅうず)」とは、中国・栄時代の禅師の創案と言われています。
 
日本では、さまざまな”○○道”や禅を学ぶ絶好の入門書として参考にされている図。
 
人の人生の歩み、人が”道”を究め、悟りの境地に至るまでの段階を10枚の絵があらわしています。
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ネットや本でも検索するとたくさん「十牛図」の情報はのっています。
 
私もこの図にあらためて向き合って、私なりにまとめてみました。
 
長文ですが、よかったらお付き合いください(^^)。
 
人生の流れは、抵抗できているようで全くできないんだなぁ~、逃げも隠れもできないし、自分の人生って、全くの狂いもなくこのように進んでいていたことに軽い衝撃を感じています。
 
誤魔化しきれていたり逃げきれているつもりだったけど、すけてみえていて、遠くまで行ったつもりだけど、一歩もその場所から動いていないんだなぁ~って。
 
図を順追って説明。
 
①尋牛
「自分って何??わからないし、もやもやする。自分はどこにいる?探さなきゃぁ・・・」
 
②見跡
「探し訪ね回っていると、なんとなく、うっすらと見つかるような氣がしてきた・・・これかな?あれかな?遠くまできたなぁ・・・・足跡辿ればいいのかな?」
 
③見牛
「あ、自分の一部らしきものがいたぞ!!見つかったかも?あ、でもまたどこかへ消えちゃったかも?だけど確かにこの目でみた!いるんだ!やっぱり探そう!」
 
④得牛
「わぁ~、やっと見つかった!だけど、暴れるし扱いづらい、、手を離しそうになる。傷ついているし、癒えていないし、拗ねてるし、欠乏してるし、持て余してしまう、誰か助けてもらえないかなぁーー!自分ひとりで何とか馴らせるものなのだろうか??」
 
⑤牧牛
「ほっ、、なだめたし、誤解も解いたし、癒えたし、労ったし、肯定したし、満たしたよ、コミュニケーションとれて、仲良くなった!静かに共に歩いてくれる~~!」
 
⑥騎牛帰家
「あ~~~~、よかった・・、安心したよ。なぁ~~んだ、そのまんまでよかったじゃん~~~。見つけて仲良くできてよかった^^。わ~~い、このまんまこの歩みの歩幅のまんま、ゆられながら、気楽に生きよう~♪」
 
➆忘牛存人「・・・・・・・・・・・・、、、、、なんだったっけ・・・・静かだなぁ・・・・、、どこか遠くに行かなきゃいけないなんて思い過ごしだったんだ。あぁ、今日も月が綺麗だな・・・・」
 
⑧人牛倶忘「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・色不異空 空不異色 色即是空 空即是色・・・・・・・”私”も”牛”も最初からなかったんだ・・・・・・・・・・・全部で一部、一部が全部、空そのものであり色そのものであり、色そのものであり空そのもの・・・・」
 
⑨返本還源
「神羅万象すべてと一体、何もない、人もない、牛もない、ただ自然そのもの」
 
⓾入鄽垂手
「世間も他者も自分も、全体として、また一部として、ただのそのまんま。
囚われる必要などなく、素のまんま、凡夫として、平凡な普通の人として、世間に触れあう。
足しもせず引きもせず、飾らない自然なまんまの周波数。
そのまんまでいるのをゆるすと、なすがままのありのまんまが現れた。
抵抗しない、”我”が消えると、本来のオリジナルが残った。
そのなすがままのありのままのそのままのオリジナルが周りに流れと調和と氣づきをもたらしていく。ただのそのまんまで世間に溶けていく。」
 
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”牛”とは「思考=自我=煩悩=顕在意識&潜在意識=心=妄想=飢餓感(欠乏感)」
 
➆⑧⑨・・・・・・、そして⓾の状態へと・・・人生は流れていく。
 
私は④⑤のところから、その後をためらっていたのだろうと思っています。
 
④ではセラピーという形で介入してることになりますが、
 
④の状態に抵抗したり、誤魔化したり、息切れしたり、諦めたり、という状況に出会うし、そこに自分も重ね合わせます。
 
”牛”自体の手綱を離してしまい、どっかにいったまんまの状態に「それはそれで自由だもんね」「探したいときに探せばいいよね」「探すことが正解っていうわけじゃないもんね」と、、、。
 
ただ、手綱のない”牛”は外で大暴れしているのかもしれません。
 
ご主人から離れた”牛”という状態は世間でいうと”諍い””不調和””戦い”とかっていう社会の情勢なのかもなぁ?と。
 
また、今の人生で、本当に➆⑧⑨の感覚が自分自身に起こるのか?それにも抵抗していました。
 
いやいや怖いよ、もっと世間で一喜一憂したりして楽しみたいよ。
 
世間から離れるのは不安だし、寂しい。
 
それに、そんな簡単なことなの???そんな戸惑いが湧いてきます。
 
思考(自我)ってどこまでも疑り深いです。
 
そして、思考(自我)を新たな思考(自我)で打ち消そうと抵抗します。
 
ですが、それはただ右のものを左に移動させただけ。
 
思考を思考で打ち消すことはできないんです。
 
「有る」をわざわざ創って、別の「有る」にすり替えるってことを永遠にやろうとします。
 
マイナスをプラスに転じさせる。
 
プラスが起きたら、そのバランスのためにマイナスが起きる。
 
例えば、癒されていないと思い込み、癒そうとすること自体、癒されていない!!という事を強化していることに他ならないのです。
 
グルグルです。電気のプラスマイナスです。
 
私はよく映画のマトリックスを思い出します。
 
あの映画のスミス(思考=自我)はどこまでも追っかけてきますし、増殖します。
 
消そうと思えば思うほど。
 
だけど、ネオとスミスは同一人物だったんです。
 
抵抗すれば、リアルになります。
 
抵抗しなければ、幻です。
 
ただ、それだけのことだったんだなぁ~って。
 
そして⓾。
 
世間と離れてしまうのが怖いって恐れていたことは杞憂に終わります。
 
”自我”が消えると”オリジナリティ”が自然と浮き出てくる。
 
そこかしこに自分は全体の中の一部として、全体に満ち満ちているのですね^^。
 
こうして書くのは簡単ですが、牛を手なずけることがまず人それぞれ、人生の一大イベントだし醍醐味なのかも。
 
そんなことも感じています。
 
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