心配ご無用 | 教育のチカラ
2008年03月13日

心配ご無用

テーマ:なんとなく思うこと

サードプレイスは少数精鋭を目指している。


集団になれば、

それは確かにパワーにつながるが、

一方で、個々の自由が奪われる。


集団の良いところは、

一人のミスを他のメンバーが補完することで、

失敗が目立たない組織が出来上がること。



少数精鋭の良いところは、

仕事をしっかりやりさえすれば

時間的自由を手に入れられるし

報酬も組織で働くよりも効率よく支払われる。

そういう意味ではプラスがかなりある。





ところが、

少数であれば、

集団による保険が効かないから

一人一人がちゃんとしないといけない。


まして、

独立講師となったら、

「フォローをしてくれる人はいない」

と考えていたほうがいい。



だから

私は、独立講師を目指す人には

かなり口うるさいアドバイスをする。


ミスが本当に命取りになるからだ。




ミスというのは

誰にも起こる。


私も、いままで何度もミスをしてきたと思う。


その過程で、


「これって、どういうことだろう?」


とよく考えるようになった。



今回は、

その一つの例を紹介する。




とある企業に講師を紹介した話だ。


その講師は、実力もあり、頭も切れる。

長い付き合いでそれを知っているから、自信を持って紹介した。


その講師がクライアントとの打ち合わせに出かけた。


ちょっぴり強面のその講師は、

相手に好印象を与えようと、終始笑顔で温和に受け応えをした。


打ち合わせは和やかに終了し、

その講師も、問題なく済んだと考えた。


ところが

翌日

クライアントから連絡が入る。



現在の私の心をお伝えいたします。
○○様は非常にお優しそうな印象で、一瞬も目に鋭さを感じませんでした。
新人導入研修は3年目研修よりも「厳しさ」が必要になると考えております。
経歴をお伺いする限りでは問題ないと思うのですが。
「一番候補」にて紹介していただいたとの事ですので
それを信じていればよろしいですよね?
少し気になりましたので、正直にお伝えさせていただきました。




さてこの場合、どのように考えたらいいだろう?



自信があって紹介したのだから、問題はない。

たぶん相手は、短時間の打ち合わせでは、

その講師をよく理解できなかったんだろう・・・と


「心配ご無用です」

と返事をしてしまったら?





これはとてもおかしいやりとりになってしまう。



心配をしている相手に
「心配ご無用」
という返答は

本当は相手を馬鹿にしている。


「お前はよくわかっていないんだよ」

と言っているに等しいから。



クライアントは、
非常に丁寧に

「現在の私の心をお伝えいたします。」
と切り出し、


「信じていればよろしいですよね?」

と念を押している。



これは相当に、心配だ
不信だということ。



もちろん、誤解もあるだろうから、

こちらも丁寧に説明すれば、

相手も納得してくれるだろうし、

あとはその相手の心配をひっくり返すだけの

研修を提供すればいい。



ここで一番やってはいけないのが


心配ご無用


だ。


「あなたの配慮は無用だ」

と言われたら、

自分だったらどう考えるだろう?



そして

万が一、

実際の研修が思うようにいかなかったら?


「やっぱり心配していた通りになった。

ここにはもう2度と依頼するのはやめよう。

人の心配も無視したんだからな」


となるのは当然だ。


大切なのは、


相手の心配を受け入れ

まずはそれを理解すること。


その上で、誤解はとく。

こちらに修正が必要であれば、

誠意をもってそれに対処する。


そして、

当日は

誤解を受けた事実を忘れずに

何としても

それを完全に払しょくできる内容の研修を行う。


相手の誤解を解く、

というのは

相手の理解を超える

ことでもあるから


雨降って地固まる

以上の効果をもたらす場合もある。


例えば、

「この講師は自分の理解を超えている。

全部わかった上でやってるんだ、すごい!!」

という評価さえ、手に入れることができるのだ。



そして、

相手が心配してくれたということは


注目してくれている

ということであり、


主体的に研修にかかわっていることを

確認できたということ。



つまり、

クライアントとしては

とても貴重な人なのだ。



講師は、経験を積み

評価が高まるほど

文句を言ってもらえなくなる。


相手が遠慮するからだ。


でも

だからこそ、

良く見て

良く感じて

相手の言葉にならない「クレーム」

知ろうとしなければならない。



まあ

難しいことではあるのだけど。



私も、

まだまだすべてがわかるわけではないけれど

それに気付ける

自分でいたいと思う。