今日という日を忘れてしまわないように
今日はブログを書きます
言葉に出来ないことを踊りで表現する、と言う人がいるけれど、
言葉に出来ないことを踊りにするのは無理なのよ、
とある人に言われた、
私は、その通りだ!と思っていた
でも、何か違うんではないか
言葉で現せない何かが、やはり踊りの中にはあるのではないか
と思い始めた今日この頃。
それが踊りに直接関係してるわけではない、これこそ言葉に出来ないけど、
たとえば、
生き様とか 人間性とか 強さとか
こんなにもはっきり表れるものはこれ以上あるのだろうか、という疑問さえ芽生えてきた
命懸けで すべてを捧げて。
だからただの表現で終わらない
そこには、その人の叫びとか、あるいは骨とか血管とか、そんなものまでもが見えるのだろうとおもう
意志というか強さというか覚悟が。
弱音を吐いたら負け。
こんなのに負けちゃいけない。
隣の庭はよく見えるけれど
だったら自分の庭がどこのどの庭より素敵な魅力的な庭になるように、お手入れしなくちゃ。
まずは草むしりから
一歩一歩、命懸けで向き合えば
必ず報われる
しかし、そうでなければすぐに愛想尽かされてそっぽ向かれちゃう
この世なんて、賢い人が、
うまく生き残るのだよ。
もっと上手くなりたいし、
その中に生き様や魂が見えたいし、
その中に美しさがほしい
それが私の目指している姿なのかもしれない
存在意義なんて、誰にも分からない
だったら自分で見つけていこうじゃん、探していこうじゃん
それをしなければならない気がして、する必要がある気がして、
大きく大きく深呼吸をした、そんな日でした。
現在(いま)を作り出しているのは、
すべての過去であり、
いまは必ずや未来につながる
わたしのモヤモヤしていることなんて、私自身の中にあるんだと思うのです
だから自分で戦うのです、
わたしという名の敵に。。
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