出家と得度

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出家という言葉にはある種の重みを感じる方が多いと思います

一般的には「家を出て仏門に入り戒律を授かること」で、
入門後修行を経て僧侶として生きる
道を選ぶことです

両親の元を去るいわば”家出”ですが、家出は家や家族や
環境が嫌になり出ていくニュアンス
が強いと思いますが、
”出家”は仏様の道を歩む目的で家を出るという大きな違い
があります

一方”得度(とくど)”に関しては漠然としたイメージしかない
方も多いと思います

出家と同じ意味でも用いられますが、普通は僧侶入門のため
の儀式(通過儀礼)を表します

まずは師僧を得、儀式において剃髪し戒を守ることを誓願し、
戒名(僧名)を授かります

また、度=渡ること、つまり迷いの世界から悟りの彼岸に
渡る意味もあります

”度”は、漢字では波羅蜜(はらみつ)、
梵語では パーラーミッタ paramita
と呼び、この迷いの世界(=此岸(しがん))から
悟りの世界(=彼岸(ひがん))に到達す
ることを意味します

では得度だけで”悟り”の域に到るのかといえば、
もちろんそんなことはありません

あくまで、生まれてこのかた親に授かった名前での自分、
家族や友人、学校、社会等々で培わ
れた自我とモノの価値観
や思考、等々、
これまでの半生を生きてきた自分から脱皮する儀式なのです

  
     12吊るし  →  名前のない13


長年擦り込まれた常識という枠組みからの解脱式です

もしくはマトリックスのネブカネザル号の一員になるための
プラグアウト儀式です


得度希望者は皆それぞれの半生における様々な動機があります

真言宗の宗祖 弘法大師こと空海は、20歳の時に
大阪和泉の槙尾山寺(現 槙尾山施福寺)で勤操大徳
(ごんそうだいとく)に師事し出家得度をします

彼は日本唯一の大学(今でいう東大)に入りエリート学徒として
学問に励んでいる時期に、一人の仏道修行僧に出会い、
「虚空蔵菩薩求聞持法経」を授かり仏道への関心を高めます

駆り立てられた思いを留めれず大学を中退し出家得度の決心を
周りに伝えます

親族のなかでも高名な学者である叔父の阿刀大足
(あとのおおたり)は猛反対します

「出家すれば頭を剃らなければならない、頭を剃るということは
「孝経」に身体髪膚これを父
母にうく、敢えて傷つけないのが
孝の始めであると書いてある、然るに汝は今髪を剃って出家
すれば「孝経」の第一歩に於いてすらそむかんとするのであるか」

出家は忠孝の道に外れることだと誡めます

これに対し空海は論破します

「髪や爪を切ることだけでなしに我が生命を捧げてすら忠孝
となる場合もある
社会全般の上から判断して忠孝を決めるべきであって、
一個人の両親だけで考えるべきに非ず
社会全般の大局から判断して欲しい」

このやりとりがのちに24歳の若さで処女作
「三教指帰(さんごうしいき)」を著すきっかけ
となりました

「ものの情(こころ)は一つに固定してはいない
鳥は空を高く飛び、魚は淵に潜るように、人もそれぞれ
性質が違うのです
ですから、人を導く場合でも教えの網は三種類あります
釈尊の教え(仏教)、老子の教え(道教)、孔子の教え(儒教)、
この聖人の教えのひとつに
でも入っていたなら人の道に
外れてはいないはず
仏の道に入ることがどうして忠孝に背くこ
とになりますか」

空海は彼なりに深く悩み、学び、また悩み、
そして出家得度を決意したのです

さて、時代は下り、日本仏教史に多大なる影響を与えた
一人の人間僧「親鸞」はどうだったのでしょうか?

親鸞は僅か9歳の時に比叡山の青蓮院(現在は京都)で
出家します

その動機は諸説あるようですが、
①仏門の縁に芽生えた
②4歳で父を、8歳で母を亡くしたという無常観、そして
永代に弔いたいという願い
③父日野有範が平家打倒で挙兵した以仁王と源頼政
との因縁によって世を憚り父が出家し、子
供たちも
出家させたかった
④母貴光女(きっこうにょ)が源氏の出身で平家を
恐れ出家せざるを得なかった
⑤大飢饉や政治混乱、社会争乱を避けるため出家した

求道の精神で出家したともいえず、社会情勢において
出家という道を選ばざるを得なかった時
代だったのでしょう

浄土宗の宗祖 法然もわずか9歳の時に父が殺害された
動機で、また曹洞宗の宗祖 道元は1
3歳でやはり父母
の死を弔うために出家しています

近親者の死の弔いのためという動機も多いようですが、
勢力からの逃避など、歴史においてある意味隠れ蓑として
利用されたケースも少なくなかったようです

さて、現代においては如何なる動機つけが多いのでしょうか?

拙僧の場合は、師匠の高野山真言宗阿闍梨の小林宗峰
(まんだらや密教研究所)氏との御縁が
全てです

もともと仏教や密教に興味や造詣があったわけでもなく、
精神世界を探求する道の
中で知り、興味を覚えたことが
きっかけです

仏門に入るという決心よりは、新しい自分を再発見し
求道の探究が深まるのではといった軽微な動機と期待心で、
直観の赴くままに得度に臨みました

これを機にそれまで想像だにしていなかった方向に
人生の歯車が動き始めました

約6年を経て脱サラリーマンの果てに僧侶(阿闍梨)の
自分がいるなんぞ・・・


お寺のご出身の方にとっては予定していた道でしょう

在家の方も、ある日突然仏縁に目覚める方、

以前より興味持っており機が熟した方、

ご自身が仏様のお加護で大病から生還して仏縁を
確信した方、

近しい方の死により自身で弔いたいと思われた方、

ご自身の求道の旅のステップアップに必然と感じられた方、

得度とは長い求道の旅のほんの入り口に過ぎません
しかし、彷徨って来た自分が漸く見付けた道です

道の先に在るもの(=悟り)を求め皆がそれぞれの歩調で
歩んでいきます

途中で立ち止まり休憩するもの、
牛歩でじっくり歩を進めるもの、
勇み足で猪突猛進するもの、
一度立ち止まり振り返り
後戻りするもの、
後続のものに手を差し伸べるもの etc

広く愛される経典 観音経でも「得度者」という文言が
幾度となく出てきます

観世音菩薩は、「度(すく)うことを得べき者」には姿見を
表して法を説くと書かれています
変化身でもって教化してくれるということです


「得度者」はイコール「僧侶」ではありません
教団の僧侶の資格を求めて得度されたとしても、
得度だけでは残念ながら教団の僧侶としては
認めてもらえません

仏門に入った証であり、師僧との師弟関係にある修行僧に
間違いありませんが、教団の僧侶として登録を希望
されるのなら、その先の修行の道を経なければなりません

逆に得度は、在家のままで僧侶にならねばならない
といった拘束力は全くなく、
あくまで、ご本人の意識の変化を味わっていただく
きっかけ作りとも言えます

まんだらや密教研究所 小林宗峰阿闍梨は、
これまで高野山に108名の得度者を結び付けてきました
私もその一人です
108名という数・・・ 意味深いものを感じます

様々な得度者が巣立って行っています
阿闍梨になったものも何名かいます

そして今後、このご縁作りは、
拙僧 まんだらや関西の 一天 が引き継ぐことになりました

まんだらや関西のご縁でも数名の得度者が誕生しています

得度の動機は皆さんそれぞれです

ご縁を持たれ方には高野山での得度を紹介させて頂きます
 

次回の得度式はこの9月に予定しています(日程は調整中)

まずはご相談にお越しになることをお願いいたします 

まんだらや関西  39itten@rokudaito.com

  

 



合掌


密教法具なら六大燈へ