VICTORY
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VICTORY
天才は天才を呼ぶという。狂人もまた狂人を引き寄せる。どうやら宇野はその両界隈に呼ばれたらしい。アルゼンチンが生んだ奇才、アストル・ピアソラの匂い立つバンドネオンに、小さな身体が大きく躍動する。リンクはたちまち深夜のブエノスアイレスに変わる。
文=いとうやまね
そこに存在する暗闇や光・音・匂い・温度、全てを表現する/FS『ブエノスアイレス午前零時』
©Getty Images
ブエノスアイレスのミッドナイトは、昼間の賑わいとはうって変わって、静けさに包まれる。時折パトカーや救急車のサイレンが、急激に音を折り曲げながら走り去っていく。裏路地に人気(ひとけ)はなく、聞こえるのは自分の心臓の鼓動だけ。ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と正確なリズムを刻む……。
プログラム前半の『ブエノスアイレス午前零時』でアストル・ピアソラが表現しているのは、かつてナイトクラブやキャバレーで演奏していたころの街の風景だという。深夜12時に休憩があり、店を出て、ぶらっと周辺を散歩をした時に感じた印象を、五線譜に落とし込んだ。
表を打つコントラバスの低音が、宇野の身体に血液を流し込む。すれ違う靴音はバンドネオンのボディを叩く音だ。そこに重なる気だるい長音に、不穏な空気を嗅ぎとる。高速回転のジャンプが決まると、シンコペーションに巧くはまったステップが、観客をタンゴ・ワールドに引き込む。チェンバロのきらりとした音色が、都会の夜の緊張感を醸し出している。
ボレロ丈のジャケットには、金糸刺繍を模した豪華な飾り模様に、ビーズやストーンが煌めく。闘牛士のベスティード・デ・ルーセス(光の衣装)のごとし……。中に見える深い赤から肌色へのグラデーションは、絶妙な“隠し味”になっている。全体の黒と赤の配分が見事だ。完璧である。スピンを過ぎたあたりから徐々に曲のスピードが増してゆく。高速ステップは、目まぐるしく変化する時代の流れを投影しているかのようだ。そう、ピアソラのタンゴは“時代”と踊っているのだ。商売女をひやかす口笛が通りに響き渡る。
プログラム前半の『ブエノスアイレス午前零時』でアストル・ピアソラが表現しているのは、かつてナイトクラブやキャバレーで演奏していたころの街の風景だという。深夜12時に休憩があり、店を出て、ぶらっと周辺を散歩をした時に感じた印象を、五線譜に落とし込んだ。
表を打つコントラバスの低音が、宇野の身体に血液を流し込む。すれ違う靴音はバンドネオンのボディを叩く音だ。そこに重なる気だるい長音に、不穏な空気を嗅ぎとる。高速回転のジャンプが決まると、シンコペーションに巧くはまったステップが、観客をタンゴ・ワールドに引き込む。チェンバロのきらりとした音色が、都会の夜の緊張感を醸し出している。
ボレロ丈のジャケットには、金糸刺繍を模した豪華な飾り模様に、ビーズやストーンが煌めく。闘牛士のベスティード・デ・ルーセス(光の衣装)のごとし……。中に見える深い赤から肌色へのグラデーションは、絶妙な“隠し味”になっている。全体の黒と赤の配分が見事だ。完璧である。スピンを過ぎたあたりから徐々に曲のスピードが増してゆく。高速ステップは、目まぐるしく変化する時代の流れを投影しているかのようだ。そう、ピアソラのタンゴは“時代”と踊っているのだ。商売女をひやかす口笛が通りに響き渡る。
ロコとロコの出会い
大技が場内をわかせると、雰囲気はがらりと変わって、後半の『ロコへのバラード』に移っていく。これもピアソラの大表作だ。
「そうさ、俺はイカれてる」
宇野の体が酒に酔った男のように前後に揺れる。しゃがれた声の歌い手は、イタリアが生んだカンツォーネ界の女王、ミルバだ。
「イカれてる……イカれてる
カジャオ通りを転がる月が見えるだろ?
宇宙飛行士と子どもたちが
俺の周りでワルツを踊る」
ちなみに、ブエノスアイレスのカジャオ通りには、伝説のタンゴダンサー、マジョラル&エルザ・マリアの有名なタンゴアカデミーがある。学校の前の歩道には、タンゴの基本ステップを描いたプレートが埋め込まれており、観光客の撮影ポイントになっている。足跡の数字どおりに踏めば踊れるらしい。
「ロコ! ロコ! ロコ!
君が孤独の夜を迎える時
俺は君のシーツの岸辺にやって来る
ひとつの詩とトロンボーンを携えて
君のハートを眠らせはしない」
ロコ(Loco)とは、いわゆる“気狂い”のことである。この詩の作者は、ウルグアイ生まれの詩人、オラシオ・フェレールだ。貧しかったピアソラの生い立ちとは違い、フェレールは裕福な出である。二人に共通するのはタンゴであり、前衛であり、とにかくうまが合った。
ピアソラは、多感な年頃をニューヨークで凄し、ジャズの洗礼を受けている。30代になってから奨学金でパリに渡り、クラシックも学んだ。アルゼンチンの旧態依然としたタンゴに限界を感じていたのだ。フェレールは大学で建築学を専攻するも、タンゴへの興味が勝ってしまい、出版社の立ち上げ、ラジオ番組を持ったりと、その多才ぶりを発揮していた。自ら戯曲や詩を作り、朗読にも力を入れた。その作風はやはり、イカれていた。
そんなふたりが共作をするのだから、普通のはずがない。激しい詩の朗読と、既成概念にとらわれないタンゴの融合は、まっとうなタンゴ業界から大バッシングを受けることとなる。街を歩くと正統派ファンに殴られることもあったというから、その破壊力は想像を絶する。そんなわけで、ふたりは「タンゴ界の革命者」と呼ばれる。
「そうさ、俺はイカれてる」
宇野の体が酒に酔った男のように前後に揺れる。しゃがれた声の歌い手は、イタリアが生んだカンツォーネ界の女王、ミルバだ。
「イカれてる……イカれてる
カジャオ通りを転がる月が見えるだろ?
宇宙飛行士と子どもたちが
俺の周りでワルツを踊る」
ちなみに、ブエノスアイレスのカジャオ通りには、伝説のタンゴダンサー、マジョラル&エルザ・マリアの有名なタンゴアカデミーがある。学校の前の歩道には、タンゴの基本ステップを描いたプレートが埋め込まれており、観光客の撮影ポイントになっている。足跡の数字どおりに踏めば踊れるらしい。
「ロコ! ロコ! ロコ!
君が孤独の夜を迎える時
俺は君のシーツの岸辺にやって来る
ひとつの詩とトロンボーンを携えて
君のハートを眠らせはしない」
ロコ(Loco)とは、いわゆる“気狂い”のことである。この詩の作者は、ウルグアイ生まれの詩人、オラシオ・フェレールだ。貧しかったピアソラの生い立ちとは違い、フェレールは裕福な出である。二人に共通するのはタンゴであり、前衛であり、とにかくうまが合った。
ピアソラは、多感な年頃をニューヨークで凄し、ジャズの洗礼を受けている。30代になってから奨学金でパリに渡り、クラシックも学んだ。アルゼンチンの旧態依然としたタンゴに限界を感じていたのだ。フェレールは大学で建築学を専攻するも、タンゴへの興味が勝ってしまい、出版社の立ち上げ、ラジオ番組を持ったりと、その多才ぶりを発揮していた。自ら戯曲や詩を作り、朗読にも力を入れた。その作風はやはり、イカれていた。
そんなふたりが共作をするのだから、普通のはずがない。激しい詩の朗読と、既成概念にとらわれないタンゴの融合は、まっとうなタンゴ業界から大バッシングを受けることとなる。街を歩くと正統派ファンに殴られることもあったというから、その破壊力は想像を絶する。そんなわけで、ふたりは「タンゴ界の革命者」と呼ばれる。
宇野のコンビネーションがシャウトに同期する
©Getty Images
「イカれきった俺を愛してくれ
俺のイカれた愛情にすがりつくんだ
このヒバリの羽をつけて、飛ぶんだ!
俺と一緒に飛べ! カモン! 飛べ! カモン!」
¡Vení, volá, vení!のシャウトに、宇野のコンビネーションが同期する。ミルバのハスキーヴォイスが世界を完全に支配している。ここから先の更なるイカれっぷりは、審査員もテレビ解説者も、目を白黒させていたようだ。どうやらこの選曲はあまり評判が良くないようだ。
な~に、気にすることはない。“タンゴの破壊者” “頭が狂っている”“あんなものはタンゴではない”と、さんざん扱き下ろされたピアソラとフェレールが、最後は勝利しているのだから。ミルバのご機嫌な高笑いに、クリムキンイーグルが炸裂する。
宇野昌磨よ、¡Vení, volá, vení!

