明治天皇は自分の身長を測ることを生涯拒絶していた。
崩御して、ようやく明治天皇の身長を測ることになったのである。

福田和也「昭和天皇 第一部 日露戦争と乃木希典の死」には次のように書いてある。


その間、藤波言忠は、なきがらに寄り添い、お上の身長を測っていた。 先帝は、身長や体重を測られることを嫌い、洋服の寸法すら取らせなかったのである。藤波が、最後に測っておこう、と発意した心持ちには推し量りきれないものがある。五尺五寸四分(約一六七センチ)だった、と藤波は記録している。



明治天皇の執務していた机です。



明治天皇が身長を測るのを拒絶し、写真も嫌がっており、御真影すら肖像画で済ませたのだから、替え玉説を唱える人がいるわけである。
三浦芳堅という人物が「田中光顕に聞いた話」として著作に書いたのである。
田中光顕本人が言ったのなら信じるが、これは完全に三浦某の作り話である。
歴史において闇に葬られた事実はたくさんあるだろうが、孝明天皇と一緒に息子の明治天皇(睦仁親王)を暗殺し、別の誰かとすり替えたとなると、かなり多くの人が知っているはずだから、まったく話が出ないということはない。
幕末に公武合体派だった孝明天皇が暗殺された疑惑についてはたいていの幕末史が触れているが、三浦某のはほとんど目にしない


机の裏側です。身長180㎝なら狭いですよ。