まなブログ

脈の変化でカラダの声を聴く『脈ナビ』による施術、セミナーをご案内しています。
大阪府堺市で鍼灸院を開業しています。
日々の気づきをつづります。


テーマ:

アタマで理解したくなる私に。

 

 

 

「僕は神社でお願いゴトをしています。」

 

 

沖縄の照喜名弘彦先生。

コラボ企画でのひと言。

 

これ、クリーンヒット。

これまでね。

 

「神社ではお願いゴトではなく、日々、無事に幸せで過ごせていることのお礼を申し上げる。」

 

そう思ってました。

っていうか、思い込もうとしてました(笑)

 

 

子供の頃はね。

フツーにお願いゴトをするところだと。

 

だって、「○○のご利益がある」とか。

子どもなら、そのまま鵜呑みにするよね。

 

 

大人になってから知ったの。

神社でするのは、「お願い」ではなく、「お礼」だと。

 

本殿の鏡に写る自分を観てね。

内なる神が曇ってないか確認するのだと。

 

 

なるほど、なるほど~。

そうだよね。

 

そっちのほうが精神的に高尚な気がしてね。

ことあるたびに、

 

「神社ってお礼のために参るって知ってた?」

 

子どもの「ねえねえ、知ってる?」と同じノリ(笑)

 

 

それが数年前から、お願いをしても別にいいかに変わってね。

なぜかは、わからないの。

でも、自分はお願いよりお礼を言いに行きたいなって。

 

ただ、他人がお願いゴトをするのをどうとも思わなくなったの。

それまでは、ひと言、言ってやりたくなったのに(笑)

 

 

ところが最近、「神社にお礼」に違和感を抱き出してね。

人前でそう言い切ることに「何か違うな」っていう居心地の悪さが。

 

これまた、なぜかはわからなかったの。

身体感覚の変化としか。

 

 

それが照喜名先生のひと言でクリアに。

どんなお願いをされてるのかな?

 

「私をみんなに喜んでもらえるようにお使いください。」

 

ああ、それがあったか。

ちょっとジェラシー(笑)

 

自分の天命、ミッションを自ずとお示しくださいってこと。

 

 

「で、これ、施術にも使えるんです。」

 

ほお~、どうするんだろ?

 

お客さんのカラダに向かってね。

 

「最も心地よくなるように私をお使いください。」

 

って願われるんだって。

 

「すると、手が勝手に動くんです。」

 

なるほど、これは私もわかる。

同調が深くなるとね。

自ずと手が動くの。

まるで自分のかゆいところに手が伸びるように。

 

 

その時、施術しているのは、「谷田学」じゃないの。

自ずとそうさせている存在に全てゆだねている感覚。

 

それを「神」「ワンネス」「サムシング・グレート」とか。

いわゆる「神がかり」だね。

巫女さんと一緒だ。

 

 

で、ここが大事なところなんだけどね。

照喜名先生は神社でお願いされる時ね。

 

「心が清らかに鎮まり、丹田に気が降りるかんじがするんです。」

 

 

身体感覚として調和Iしているんです。

 

この言葉をうかがってね。

「内なる神」って、身体感覚とも言えるんじゃないかなって。

 

 

で、気づいたの。
神社でお願いゴトをするのもね。

 

「志望校に合格しますように。」

「夢が叶いますように。」

「素敵なパートナーと出会えますように。」

 

眉間にシワを寄せて、ガッツリ願う人もいればね。

今でも結構幸せだけど、さらにこうなったら嬉しいなっていう人も。

 

「見える」世界では、「お願いゴト」という「やり方」は同じだけどね。

「見えない」世界では、意識の「あり方」が全然違う。

 

 

お礼を伝える感謝もね。

 

穏やかに「ありがとうございます」っていう人もいればね。

「お~、めちゃ嬉しい。ありがと~。」っていう人も。

 

「見える」世界では、「感謝」という「やり方」は同じだけどね。

「見えない」世界では、意識の「あり方」が違う。

 

 

神社には、「お願い」ではなく、「お礼」を。

これは、「見える」世界での「やり方」が基準。

 

「見えない」世界での意識の「あり方」を基準に。

こっちのほうがわかりやすくない?

 

 

見えない意識の「あり方」はね。

身体感覚により確認できるよね。

 

心が澄んで心地よく気が鎮まる。

全身がスーッと軽くなるけど、丹田には気が満ちる。

 

その「あり方」になるなら、「やり方」は何でもいい。

「お願い」でも「お礼」でも何でもいいの。

 

うん、これでスッキリ。

腑に落ちた。

 

 

ただ、その身体感覚になれる時ってね。

「お願い」より「お礼」のほうがなりやすいだろうね。

「お願い」だとガツガツして自我が出やすいから。

 

で、ガツガツしてる時の身体感覚は心地よくないはず。

胸が締まって呼吸が浅くなるとか。

切羽詰まって、こめかみが締まるとか。

 

照喜名先生のような「お願い」もあるからね。

必ずしもそうじゃないけどね。

調和した「あり方」に導かれやすい「やり方」。

 

それが

 

「型」

 

なんだと。

 

 

先日の記事でも申し上げたとおりね。

茶道、華道、書道、武道。

どんな「道」でもまず「型」から。

 

初心者がいきなり「あり方」に到達するのは、難しい。

身体感覚だから、言葉では伝えにくい。

下手に言葉で伝えると、それにとらわれる。

 

だから、カラダの使い方として「型」から入る。

よくわからないまま、その「型」を繰り返すうちにね。

調和した「あり方」に近づきやすい。

 

 

ヨガでいえば、アーサナ(ポーズ)がそうだよね。

アーサナはあくまで型。

 

宇宙や自然界と一体となるための「あり方」。

そこに至るために考え出された「やり方」。

あくまで手段であり、目的ではない。

 

どこかでそこに気づかないとね。

いつまでも守破離の「守」から抜け出せない。

 

 

私は中学時代、野球部だったの。

勝つことだけを目的にテクニックを教えるならね。

それは、スポーツとしての「野球」。

 

道具を大切にすることや礼節を教えるならね。

それは、個を超えて全体とつながるための「野球道」。

「道」の行き着く先は、すべて同じ。

 

 

でも、「道」というと修行っぽくない?

あまりストイックに眉間にシワを寄せてするとね。

「個」として分離。

「道」では遠回りになるの。

 

現世欲を受け容れた密教の空海さんのようにね。

ほんとにそこにたどり着いた人にね。

厳しいだけの人はいないはず。

 

たどり着く必要もないけどね(笑)

多分、たどり着いた人って、自ずとそうなったはずでね。

ガツガツ修行したからっていう人はいないと思うの。

 

 

「やり方」を基準にすると知識に惑わされる。

「あり方」を基準にするとブレない。

 

「あり方」の基準が身体感覚。

知識でなく、感覚だから。

他人の意見に惑わされようがない。

 

身体感覚を変化させれば、「あり方」が変わる。

「あり方」が変われば、「やり方」が変わる。

「やり方」が変われば、現象が変わる。

 

「やり方」を変えて、一時的に現象を変えてもね。

「あり方」が変わらないと、いずれ現象も元に戻る。

 

 

身体感覚が変化すれば、現象が変わる。

 

「変える」のではなく、自ずと「変わる」。

 

それを楽しみながら、腑に落とす。

 

 

うん、これからやっていきたいのは、ここだな。

経絡ストレッチも、どぅる~んタッチも。

すべては、ここをテーマに見直していきます。

 

こういう観方も「見えない世界のOS」がインストールされていないと難しいでしょ。

陰陽五行もよろしくね(笑)

 

 

照喜名先生、素敵な気づきをありがとうございます。

フリーテーマのコラボ企画も無事終了。

何とかなるもんだな(笑)

 

参加者のみなさん、ありがとうございます。

おかげで、あんな心地よい場を味わえました。

これは、クセになりそうだ。


 

で、まだ見直しも完了していないのにね。

先に名古屋で開催することだけ決めちゃいました。

 

場所は名古屋駅近辺。

詳細は後日。

日程だけご案内します。

 

・平成29年6月30日(金) 経絡ストレッチ

・平成29年7月1日(金) どぅる~んタッチ

・平成29年7月2日(日) 主催者山崎今日香さんとのコラボ企画

 

特にストレッチは、内容が全く変わりそう。

「経絡」さえ手放しそうな勢い(笑)

 

 

さあ、私が自ずとどう変化していくのか?

一緒に楽しんでもらえれば幸いです。

 

 

 

では、今宵はこのあたりで。

 

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