　備前国と備中国の境界に横たわる吉備中山〈きびのなかやま〉、その西麓に鎮座する吉備津神社は鬼退治伝説で有名な大吉備津彦命〈おおきびつひこのみこと、孝霊天皇の皇子〉を祭る備中国の一宮です。応永32年（1425）に再建された国宝の本殿は入母屋造〈いりもやづくり〉の社殿二つを繋いだ比翼〈ひよく〉入母屋造で、ほかに類例のないことから吉備津造とも言われます。　　

　この本殿の背後に残る古墳の上に、高さ140㎝の石塔が立っています。風化しやすい香川県豊島〈てしま〉の角礫凝灰岩〈かくれきぎょうかいがん〉でつくられていますが、保存状態がよいことから堂内に置かれていた可能性があります。頂部に露盤〈ろばん〉と宝珠〈ほうじゅ〉をのせる笠は軒裏を二重につくり、降棟〈くだりむね〉の先には鬼面を刻んでいます。四角い塔身の正面には円い穴が開いていて、中を覗くと基礎まで貫通しています。その下には甕〈かめ〉が据えられているようですが、落ち葉で埋まっていてよく分かりません。この石塔は江戸時代の絵図に「如法（経）塔」と記されており、法華経（大乗妙典）などの仏典を納める施設であったことが分かります。この石塔がつくられた室町時代には、法華経を書写して諸国に納める廻国納経〈かいこくのうきょう〉が盛んに行われましたが、吉備津神社は備中国の納経所として知られており、いつでも納入が可能なこの石塔も廻国納経に関わる施設であったのかもしれません。

　江戸時代の中ごろ、吉備津神社の社家では国学が盛んとなり、三重塔を破却するなど廃仏の動きが強まりました。本殿の屋根を飾る千木〈ちぎ〉もこのころ取り付けたと言われます。この石塔は吉備津神社最古の石造物であると同時に、かつての神仏習合の様子を伝える貴重な文化財なのです。参道から離れているせいかあまり知られてはいませんが、吉備津神社を訪れた際にはぜひご覧ください。

吉備津神社の本殿

古墳の上に立つ如法経塔

正面から見た如法経塔

笠の四隅に刻まれた鬼面

塔身から覗いた基礎の穴（賽銭が見える）

吉備津神社の石塔