ちと忙しかったという事もありましたが
更新が滞っていたのは
諏訪大社のブログを書くにあたって
ネットで少し調べていたのですが
皆さんの研究があまりにも多彩で素晴らしく
諏訪の歴史が長い事もあり
どのように書こうかと悩みました
まあ~個人的なことを(´・ω・`)書けば良いかと
 
上社前宮
8月に友人の車でお邪魔した時 
狭い路地に入り
いきなり拝殿前の駐車場に着いたのには驚きました
カーナビ恐るべしですねえ(^。^)w
今回は鳥居前の駐車場に停め 第一鳥居をくぐり参拝しました
 

第二鳥居が見えます

他の三社とはだいぶ様子が違いますね~
御柱を上げるためなのか?
参道が土の斜面です

質素な感じが好いです\(^Д^)/
横に細い階段がありますけどね

第二鳥居と十間廊

参拝客もちらほら ほとんど貸し切り状態でした
8月の時は人出が多くてざわざわしていましたが
シーンとオノマトペを入れたくなる境内でした

十間廊

本宮から来るとより静かな空間に入ったようでホッとします

苔の緑と銀杏の黄色がきれいでしたが
曇り空でモノトーンみたいな写真となりました

 

前宮

他の三社では一部の御柱の側に立ち入ることが出来ませんが
こちらは御柱4本を廻って見ることがっできます
拝殿に向かって右手手前が一の御柱
時計回りに2~3~4となり
1の御柱が一番背が高く
2~3~4に進むにつれ小さくなるとの事が
(-_-)ウームよく分かりました

 

おんばしらと言えば
縄文期まで遡る古い巨木信仰 古代日本海文化圏 
出雲 越 三内丸山の青森もそうかな?
から続いているようですね
 
三内丸山と言えば巨大な6本の柱を見学した折
海を見張る展望台のように再現しましたが
あくまでも想像ですと 案内されたっけ
 
最近磐座やご神木を参る機会が増えたせいか
神域を守る結界だったのかもなあ~と思います
近年の解説はどうなっているんだろかなあ?
神様を一柱、二柱と数えるのも巨木信仰の由来とか

 

前宮拝殿

昭和7年に伊勢神宮の古材を移設し造られた拝殿
上社前宮のご祭神は、八坂刀売神(やさかとめのかみ)です

こちらは諏訪四社のなかでも景色がよく大好きな場所なんですが
雲がどんより低くなってきて
見通しも悪く残念でした (´・ω・`)ショボーン
写真も撮らずなんだかぼんやりしてしまいました
 
手前には水眼(すいが)と呼ばれる清流が流れています
裏の方に旧鎌倉道ハイキングコースがあるので
少し歩いてみました
少し上流に湧きだしの小池がありました
古墳もあるとのことでしたが (゚ロ゚;)シマッタ!?
気付けず確認出来ませんでした
 
前宮一帯の神原(ごうばら)は古代の聖域で
昔のままの素朴な原風景が残っているのでしょうか
ここはいつ来てもぼお~っとして 
なにもしないで帰ってしまいます(;´Д`)
 
本殿背後の巨木にはエネルギーを放っているとか?

 

前宮のご祭神

八坂刀売神(やさかとめのかみ)のお墓

本殿後ろには立派な古木と玉垣に囲まれた場所がありました
八坂刀売神のお墓とのことですが碑は確認できませんでした
 

 

裏側から本殿

諏訪大社は本殿がない神社として有名ですが 
前宮にだけは本殿があります
やはり
諏訪信仰発祥の地と伝えられているので特別なんでしょうか?
諏訪大社のご神体は守屋山とよく言われていますが
最近では 諏訪大社と守屋山の関係は近年の思い違いで
無関係との説もあるようですね
 
本宮前宮からは手前の低い山で遮られ
守屋山頂が見えない事
山頂に諏訪大社奥宮とのしるしが無いなど

飛騨高山の水無神社と
奥宮 位山の位置がずれている面白い謎もありますが
位山 山頂には奥宮として管理されていますし・・・
でも
地図を見ると神長官守矢資料館の位置からなら
谷筋で守屋山頂につながってはいますが・・・
神長官守矢家に物部守矢の次男が婿養子として入ったり
物部家に諏訪という名が嫁入りしているなど
人間関係としての縁はあるんじゃないのかなあ
 
確かに本宮では神様が降臨されたと伝えられる磐座の存在
諏訪氏が代々現人神となっていたこと
本宮拝殿の後ろの森が神域となっていること
ご神体山の必要は無いと言えば
そうだろうなあ としか思えませんねえ(・×・)

 

古来 神原(ごうばら)と呼ばれ前宮の中心地

現在でも上社の重要な儀式が行われています

 

十間廊

ここで ちょいと オカルト話を
モリヤ山といえば
アブラハムがイサク(イシャク→ミシャグチ神)を連れ

ダジャレかよ!!w

モリヤ山に行くよう啓示を受けた
ソロモンの父ダビデの前に神が現れた場所
ソロモン王がエルサレムのモリヤ山で神殿の建築を始めた
ゴルゴダの丘もモリヤ山

と   てんこ盛り
、そして代々神職を勤めた守屋家

日本人よりもユダヤ人神職がこの地を注目しているとか・・・


御頭祭

十間廊と言えば毎年4月15日に行われるお祭り 
 江戸時代中期頃まで御神と呼ばれる少年を柱に縛り付け
生贄にする直前

式を中断し
人柱の代わりに鹿を捧げる儀式
その集めた75頭の鹿の中には

必ず耳が裂けている鹿が混じるという 

諏訪七不思議の {耳裂鹿}

イサクを生贄にする代わりに

耳の裂けた羊を捧げた話とほぼ同じ

梶の木の御神文がユダヤの神器に似ている等の

日ユ同祖論

 

諏訪と鹿島の因縁

線引きモノ

上社2宮から真東に線を引くと鹿島神宮があります

経度が同じなんですね

大国主の国譲りを受諾させた

香取神宮祭神フツヌシと

タケミナカタと戦い諏訪まで追い詰め

生涯 諏訪から出ないと言わせた

鹿島神宮祭神となる タケミカヅチ

{古事記}

鹿島神宮からすると参道と鳥居の延長線の遙か先に

諏訪大社タケミナカタを睨み牽制しているのかも?ですね

鹿島神宮では鹿島アントラーズのマスコットとなる鹿

その鹿を神事として屠る諏訪大社

今なお闘争しているのかなあ?

 

鹿島神宮と言えば関東の地震を抑える要石のお役目の神
またこの経度とクロスして糸魚川ー静岡構造線が通る諏訪湖

いったい どんだけ古代の人は考えていたんでしょうねえ

 

ついでに言えば諏訪大社の真西に線を引くと

飛騨高山の位山 があります

飛騨の口碑を読むと意外に諏訪の神の話がが出てきません

両面宿儺がタケミナカタの可能性もありますけど

乗鞍岳を超えれば距離的にも遠くないのに

不思議ですねえ~\(・×・)/

だからオカルトは面白いのですw

 

毎度のことかもでしたが

なにも発見や成果もなく上社様をお暇しました

m(__)m

この後 お天気が心配でしたが

下社秋宮様 春宮様に向かいました