不完全さから成る完全 | 時差2時間の空間
2004年12月08日

不完全さから成る完全

テーマ:涙き虫
感動のブログを発見。
そしたら彼女はもう辞めてしまったあとでした。
すごく心に響いた部分があるので引用させていただきました。
青字はすべて引用です。 

東照宮で有名な「陽名門」

あの門を支えている何本かの柱のうち、たった一本だけ
模様が逆になっている事に気が付きました。
何度も何度も東照宮は訪れているのですが
今回の旅行で初めて気が付いたのです。

「はて?」

私はとても不思議に思い、近くの管理人らしき方にそれをお伺いしたところ


何でも完璧にすると、「魔」が差します。
※邪念とも仰っていました。
それを取り除くために、この柱のたった一本だけ
わざと不完全にした状態で建築されました。
悪「魔」が来ない様に、不完全にして門から先のものを守っています。




なんだか不思議と涙が出ました。
いえ、本当ですよ。泣きましたよ。わたし。
父も母もいる前で、普通に感動してボロボロ泣きましたよ。


要するに、人間とはそういうもの。
全ての出来事はそういうものなんだと。
私の考えていた事は、やはり間違っていなかったと、妙な自信を抱きました。


完全という言葉がこの世にせっかくあるのだから
それを使ってみると
ひょっとしたら不完全こそが、本当の完全なのかもしれないと
その時に感じました。

ある意味、寂しさも完全である証だと。


私は出会いにはタイミングがあると信じている。
この文章をかいたChielyさんは、文章中にあるように、発見した日までに何度も東照宮を訪れていた。だけど、今回出遭った。
言い換えれば、今回まで出遭わなかった。

多分、この出遭いがふさわしいタイミングが、これまでには無かったのだろう。

多分、私がChielyさんのブログにこの記事から出遭うということにも意味があるのだろう。
上の引用部分を読んで私は涙を流した。
あり得ないと分かっていても、完全に向かって私の日々は動いている気がする。自分の汚さを罵りながら、変えられない悔しさに泣き寝入りする。
そんなことが、少なからずある。

だけど完全は怖い。ゴールがなくなってしまうから。
そしたらその後は、「魔」を呼ぶ以外に出来ることはなくなってしまうのかもしれない。
天井にぶつかったら落っこちてしまうものね。
私はそんな風に解釈した。

そしてChielyさんは更に、だからこそ、不完全が完全であるはずだ、と書かれている。
そうかもしれない。人間が行くべき最上が、それでも不完全ならば、私達はそれを「不完全」と不名誉なイメージで呼ぶ必要は無いのだろう。「不完全」万歳ってChielyさんは言っているような気がする。


恋愛も同じ。頂点や終わりを見たくない。完全なんて相手にも自分にも欲しくない。
ふたりで欠点をかばいあいながら生きて行きたいから。ずっとずっと刺激しあって、成長し続けたいから。



追思考:

「完全」と思い込むことの怖さ。
ウヌボレルことの怖さ。
待っているのはきっと「失敗」だよね。

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