愛情のかけちがえ | 時差2時間の空間
2004年10月17日

愛情のかけちがえ

テーマ:てらぴ~
今日は恋愛じゃない愛の話。

私はセラピーを始める前、きっと全ての人に共感してしまって、自分のことの様に心を痛めてしまって、家に帰ってもいつも誰かの問題について考えているようになるんだろう、と信じて恐れていた。

すごく危険なこと。セラピストは健康でいなくては、クライエントを健康になんてしてあげられない。メリハリを大事にしなければ。

始めの3,4ヶ月、恐れていたことが本当に起こっていた。夢にもクライエントが出てきていた。あの人と来週はコレをしようアレをしようと考えてはメモをする。テレビを見ていても誰かと重ね合わせ、いつの間にか思考を占拠されてしまう。本当のセラピーを知るまでは、それが<愛>だと思っていたこともあるけれど。

いつも激しく疲れていた。怒りやすくなり、身近な人達を傷つけた。カレにもわがままをたくさん言って、休めと言われれば「そんな暇無い」と撥ねつけた。
悲しい思いをさせてしまったと思う。


だけどいつしか、週に一度のセッションの合間にも挑戦し続けていなければいけないのは、実はクライエントなのだということに気付いた。私は「きっかけ」でしかない。「違い」を、彼らの「何らかの理由で停滞した」生活に紹介する「新しい風」でしかない。そうでなければいけない。

もちろん勉強は欠かさない。新しい情報は常に頭に入れていなくてはいけない。私は家族を相手にすることが多いし、コミュニケーションを念頭に入れたワークをするので、20冊以上あるファイルそれぞれに少なくとも5人ずつは名前を記憶している。顔もすぐに浮かぶようになっているし。離婚家庭が多いので、母親と子供の苗字が違うことがすごく多い。時には家族以外に彼氏・彼女、友達、学校の先生、栄養士、政府の機関の担当者なども絡んできて、自分でもすごいと褒めたくなる記憶力。というか、これぞ<愛>。正しい<愛>。

プロとして、愛情を掛ける場所を間違えてはいけない。クライエントは友達ではない。何とかして欲しいと、普通他人には話したくないようなことを、アカの他人の私を信頼して打ち明けてくれる、そこから単なるアドバイスではない何かを期待して時間を割いている人たちなのだ。


もともと人間にはきちんと能力がある。こんなアカの他人に助けなど請わずとも立派にやっていけるだけの知恵と力がある。だけど、時にそれを見失うほど大変なときがある。
だから、私はそれを引き出す助けをする。観察と、質問と、その他の手法で、彼らの強みを精一杯に引き出す。診断名は実に様々だけど、要はどうやって良くなりたいか。聞かれるまではっきりとしたビジョンはなくても、それぞれが答えを見つけるからすごい。私のほうが成長してしまう。


だから私はクライエントを愛して、毎日遅くまで笑顔で対応するのだ。始めた頃のように疲れていてはそれが出来ない。最近は上手いことやってるので、クライエントからも愛情をたっぷりもらえるようになった。それで余計に笑顔に磨きがかかる。

何をやっても幸せ。この仕事が好きだ。

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