仕事も順調に進み
余裕ができた私は2018年1月から
居酒屋でのバイトを始めました。
金銭的に困っていたというより
気晴らしのつもりで働いていました。
実際居酒屋の仕事は過去にも経験があり
楽しくできていたと思います。

2月に入った頃から
同居している母と
金銭トラブルがきっかけで
確執が生まれていきました。

私は家でいることがストレスになり
居酒屋でのバイトを
増やしていきました。
と同時にアルコール摂取量も
日に日に増えていきました。

居酒屋でのバイトが
深夜までになる日は
定期の薬を飲まない日もありました。

そんな乱れた生活をしていたら
当然しわ寄せは身体と心に
のしかかってきます。

家でいたくないストレスから
アルコールに走り
それでも満足できない私は
18Gの注射針やニードルを購入し
職場から持ち帰った駆血帯で
自分の腕をきつく縛り
静脈に針を刺し
家のトイレで瀉血をするように
なっていました。

はじめは少しでも満足していましたが
どんどんエスカレートして
毎日200〜1L程度
抜くようになっていったのです。

傷跡も残らないし
なんだか許された自傷行為な
気がしていたのです。

その頃、職場では
瀉血跡をみた師長に瀉血がバレてしまい
顔色も真っ白になっていて
表情も硬くなっていたそうです。

私は不調を感じながらも
毎日仕事へ行ってました。

患者さんと喋っていると
元気を貰えるのです。


でも、自分の中でも
瀉血をやめなければな、とは
考えていて
3月10日から4泊5日の
精神科での予定入院を考え
師長に伝えました。


入院を間近に迎えた3月6日。
師長から呼び出しがありました。

「表情も硬いし、顔色も悪い。
このままでは患者さんの前に
出すことはできない
とりあえず入院できるなら今日から、
できなくても受診すること。
今日は休んで下さい」

事実上の出勤停止命令でした。

めっちゃ泣きました。

自分はまだ働けるのになんで?

その思いが消えぬまま
精神科に電話すると
「入院の準備を持って
受診に来てください」と言われました。

帰宅して母に事の顛末を話し
すぐに病院に行きました。
それでないと、瀉血をしてしまうと
思ったからです。

受診をするとすぐに採血があり
そのまま入院になりました。

入院診療計画書には
「場合によっては輸血」と
書かれていて
推定入院期間は1〜3ヶ月。

4泊5日のつもりが
長期入院予定になってしまった
瞬間でもありました。