今日であの日から五年。
そして福猫舎は開設してから満三年を迎えた。
今日という日は猫たちにとっては節目でもなんでもなくて、昨日と同じ今日という日なだけだけど、1000を超える毎日を、みんにゃさんにお腹を空かせることも、おやつがなくて哀しい顔をさせることも、病気になればケアすることも、しっかりやらせて貰えていることに心の底から感謝して。
朝起きてお世話を始め、いつもと変わらぬみんにゃさんの姿にほっこりしたり、たまにスマホを見てあの日のことや、あの日からのこと、そして今日に至るまでの日々を思い出したりして過ごしてた。
自分の人生を大きく変えたことを後悔なんかはしていないけど、五年も経つのにヒトにとってもどうぶつたちにとっても、こんなにも状況が変わっていないなどとは思わなかった。
震災の年、どうぶつのレスキューを始めた頃には、続けられても五年だろうな…と頭の隅でいつも思ってた。
そして五年も経てばヒトもどうぶつも、落ち着いていると信じてた。
エライヒトたちの目には、本当に困窮し、苦しむヒトたちは写らない。
ヒトのことですらそうなのだから、更にどうぶつたちのことなんて、気にするヒトもほぼ無いだろう。
福島では震災で亡くなられた方よりも、震災関連死の方が増えてしまった。
孤独死も時を経てなお増え続けてる。
ふるさとを追われ、将来も読めない暮らしは、ヒトの心を蝕み続け、だけど月日だけは流れてるから、口に出せない感情も増えるばかりなのだろう。
無かったことにしたいだけのエライヒトたちは、今日もたくさん電気を使い、美味しいご飯を食べ、高級車に乗って、広いおうちへ帰るのだろう。
無かったことにするために、想像もつかない金額のお金が、湯水のように垂れ流れてく。
あたしはニンゲンだから、こういったことを想像したり、嫌な感情に纏わりつかれてしまうけど、どうぶつたちはそんなことも考えず、今日もしっかり生きるために生きている。
震災の年、仕事をなんとか落ち着かせ、時間を作りボランティアに向かった先で家屋の泥を掻き出しながら、ニンゲンひとりで出来ることの少なさに打ちのめされた。
ひとりのチカラが集まれば、大きなチカラになると頭では分かっていても、往復六時間を使い、ボランティアに費やせる時間も限られたたったひとりのチカラでは、なにも出来ないのと変わらない。とあたしは思ってしまったから、ひとりでも出来ることはなんだろう…と悩み続け、出した結論がペットレスキューだった。
ペットレスキューですらも、ひとりではなんにも出来なかったけど、それでもヒトのチカラが集まって、少しずつでも救い連れ出すことが出来ていた。
レスキューに通うようになったある日、ひとりでハッチバックのちいさな車に保護した犬を六匹も乗せて峠道を走ってた時、途中の山道で必死に車を追いかけてくるポインター系の犬がいた。
もう乗せる場所が無い…と泣きながら窓を開け、フードをあげようと車を停めたら、窓からその犬が必死の形相で車に乗り込んできた。
マダニだらけでガリガリのわんこさん。
無理だよ…!とわーわー号泣しながらその犬を何度も抱きしめたけど、興奮してブンブン尻尾を振り回しながら延々と顔を舐め続けるその犬を車から降ろすことが出来ず、助手席との間にその子を乗せて、首輪を掴み、片手で峠道を走り続けた。
涙が止まらなかった。
前が見えなかった。
運転中も自分を抑えきれず泣き続け、顔を舐めようとするその子を必死に抑えながら、ものすごく遅いスピードで、ヒトも車も居ない峠道を走り続けて、ようやく平地に出た時の安堵を、今でもはっきり覚えてる。
何度も何度も思い出すあの日のあの瞬間。
あの時、諦めたらこの子はここで死ぬんだ、と思ったのが、あたしの諦められなさを決定付けてくれたのだろう。
そのほかにもあたしを福島に留まらせた理由はいくつもあるけど、こうして諦めることが出来ずに今も福島にいるあたしを、応援してくれるヒトがいる。
ヒトは忘れる生き物だから、と分かっているのに、福猫舎を始めてからずっと応援してくれるヒトがいる。
昨夜個展に伺った漫画家の深谷かほるさんがツイートしてくれたおかげで、今朝からあたしのTwitterの通知は鳴り止まず、一晩でフォロワーさんが150人以上も増えていた。
そのおかげで新たに福島のどうぶつたちのことを知ってくれた方がいる。
応援してくださるすべての方に、心の底から感謝します。
2:46
シェルターの外へ出て空を見上げた。
六年目が始まる。
そう呟いた。
できるひとが
できるときに
できることを
それがあたしの座右の銘。
ひとりに出来ることなどほんのちっぽけなことだと分かってるけど、コツコツ続けることで出来ることは少しずつでも増えていく。
あたしを、みんにゃさんを、どうぶつたちを、見守り、応援してくださる方がいる限り、諦めないと決めたから、三年前の今日、福猫舎をスタートした。
まだまだみんな必死で生きている。
暑さも寒さも絶えながら、あらゆる恐怖と戦いながら、ヒトが居なくなった町で、村で、今日を乗り越え続けてる。
今福島が置かれてるこの状況はヒトの罪。
ヒトのせい。
これはただの人災だから。
だからあたしはヒトとして、せめて自分の出来ることだけは、絶対諦めずに続けていこう。
その変わらぬ想いを心に刻み、いつもと変わらぬ今日を過ごしました。
喪われたすべてのいのちが、どうか安らかでありますように。
生きているすべてのいのちが、しっかりと明日を迎えられますように。
ヒトも、どうぶつも。
それだけを願い続けながら、変わらぬ心で前を向き、大地をしっかり踏みしめて、また来る明日を迎えよう。
すべての地上から旅立ったいのちに
合掌。
