001|フランスお返しプロジェクト|France Okaeshi|報告書
2011年6月26日(日)
2011年6月26日現在のフランスからの支援についてその経緯や現状等の報告を行いたい。
まず最初になぜ、フランスがこんなにまで国を挙げて三陸かきを応援してくれるのかについて説明したい。
フランスにとってカキは、国民食といってもいいほど重要な食材なのである。
ほとんどの場合、殻つきで生で食べる。
あまり生食文化のないフランスであるが、カキだけは例外。
その理由は、古代ローマ時代にまでさかのぼる。
兵士の食糧として、沿岸部でカキの養殖を行いながら進軍し、英気を養った。
そのため、いまでもカキだけはそのまま生で食べる習慣があるのだといわれている。
そして、さらにはフランス人にとってクリスマスのご馳走といえば、誰しもが七面鳥よりもカキと答える。
とにかく国民すべてがカキを愛しているのである。
そんなフランスにおいて、1970年代にカキに病気が蔓延し、壊滅的な被害が発生した。
その際に、日本からマガキが提供され、そのうち宮城種は、病気をものともせず成長し、危機を救ったのである。
現在では、フランスの市場に流通しているカキの90%が、この宮城種の子孫となった。(宮城種が入ってくるまでは、ヨーロッパヒラガキ(主にブロンと呼ばれる)が中心だった。)
このため、フランスのカキの関係者はみなこの事実を知っており、
「1970年に日本が助けてくれなかったら、いまのフランスのカキ業界はない。だからできることはなんでもする。」と言ってくれるのだ。
1970年代以降も、フランスおいては、ほぼ10年ごとのペースで、なにかしらの病気が発生し、そのたびに日本は水産庁を通して、フランスに宮城種を提供してきた経緯がある。
そして、現在も2008年ごろから、またフランスにおいて種牡蠣(カキの赤ちゃん)が死滅する病気がではじめ、あらためて宮城種の導入を検討、2011年の3月には、その実験のための第1便(約5000個)が、フランス国立海洋研究所(イフレメール:Ifremer)
に提供される予定であった。
そのための事前調査も昨年より行われていた。
が、いざ開始となるそのわずか数日前に、震災がおき、提供は当然のごとく中断、その後も放射能の影響などが危惧され、フランスは別の候補を探さねばならなくなった。
以上の経緯から、宮城種の救援復興を国を挙げて応援してくれているのである。
話は現在の支援に戻る。
フランス最大で世界的に展開されている漁業関係の機材の開発販売を行っているMulot社
は、代表であるMulot氏を中心に、3月11日の震災以前から、アジア地区への販路拡大に向け調査を行っていた。
日本におけるリサーチは、NPO法人PlanetFinanceJapan
の理事長であるVerdier氏が引き受け行っていた。
Verdier氏はフランス人。
フランスの銀行の日本支店で30年勤務、独立後は、PlanetFinanceJapanの理事長であり、フランスと日本の架け橋となり、様々な活動を行っており、日本語、英語も堪能、大変日本に精通している。
そのリサーチの最中に震災が発生した。
震災直後から、前述の経緯を知っているMulot氏は、急遽、リサーチを救援プロジェクトに変更、Verdier氏はどのようにしたら三陸を救えるのかのリサーチを開始した。
震災後Verdier氏はすでに、普段からフランスと日本との架け橋となっている関係から、Adidas社より、被災地にジャージを寄付できないか依頼され、SDV
(フランス最大の運輸会社)の協賛のもと、釜石に提供を実現している。
この際に、Verdier氏が公的機関に協力を呼び掛けたところ、なかなか進まず、結局、個人的なルートで提供方法を確保できたという問題が発生。
世界の様々な支援状況も知っているVerdier氏は、カキに関しては直接的支援を実現しなくてはならないとここで判断。
その動きと同じくして、Mulot氏は、自身の関係者すべてに三陸かき救援を呼びかけた。
Mulot社はフランスのほとんどのカキ(およびムール)事業者と関係を持っている。
そのため、この救援プロジェクトは一気に国レベルまで昇華した。
(Mulot氏によるとフランスの有力者であるジャック・アタリ
氏も三陸かきを救うよう働きかけてくれているとのこと。)
そして、Mulot社、PlanetFinance、フランスのカキ事業関係者(商工会議所など国の機関も含む)の共同プロジェクト「France-Okaeshi(フランスお返し)プロジェクト」に発展するに至った。
「France-Okaeshi(フランスお返し)」とは、フランスから1970年代にフランスを救ってくれたお返しがしたいという意味。
実際に支援を行うに際し、前述の経験から、Verdier氏は、公的機関(平等等の理由で動きが遅い)へ働きかけるよりも、ある程度自由に動け、直接カキを支援している活動を探していた。
そのような中JOA創設者で理事の佐藤言也の企画提言し、齋藤浩昭氏が立ち上げ活動している「復興かきプロジェクト
」を、メディアの報道で知り、2011年5月20日にVerdier氏からコンタクトをとる。
復興かきプロジェクトについてはこちらを参照されたし。震災直後の3月26日に立ち上がった牡蠣の救援復興にのみ特化したプロジェクト。
http://sanriku-oysters.com/
5月31日、仙台にてVerdier氏、齋藤氏、そして、佐藤言也の3人で初の会談が行われた。
当協会は、前述の佐藤言也を中心に震災直後の3月12日に「ROC東日本カキ産地救援復興会議
(以下、会議)」を立ち上げ、齋藤氏に限らず、オイスターマイスターたちの活動への協力、後方支援および、独自で様々な支援イベント等を実施している。
31日の会談にて、Verdier氏より、フランスお返しプロジェクトの説明を受けた。
Verdier氏の動きとは別に、佐藤言也に海外から多くの支援のオファーが届いており、その中でもアメリカとフランスからの支援をスムーズに受けられるよう動いていた。
そして、佐藤言也からフランスでの支援のとりまとめのために、お願いしていた人物と、Verdier氏とは同じPlanetFinanceのスタッフで、結果としてVerdier氏と繋がる流れであったことを知る。
支援は急を要する。
かくして、その翌日、つまりは6月1日から、「France-Okaeshi(フランスお返し)プロジェクト」は発動された。
フランスお返しプロジェクトからは、金銭的支援と物質的支援の両方の申し出がある。
金銭的支援は、Fondation de France
(フランスの公的支援基金)から約20万ユーロ(手続き中)、Mulot氏を中心に呼びかけ集まった募金、ラロッシェルおよびロッシュフォール周辺の商工会議所からの支援金など。
物質的支援。
三陸の養殖業者は、そのほとんどが家に至るまですべてが流されてしまっている。
そのため、養殖をするためにあらゆるものがない。
なので、足りない資材の提供を行う。
牡蠣は生き物である。
奇跡的に一部の種牡蠣が見つかったが、それは昨年種つけたもの。
母貝となる牡蠣はすべて流されてしまっている。
つまりは、今年、発見された種牡蠣から、どれだけの牡蠣を成長させられるかで、来年以降のカキの生産量は大きく変わってしまうのである。
母貝がなければ、当然、種牡蠣も創れない。
本来であれば5月(6月)には、海に沈め終わっているはずの作業だが、養殖資材(ロープ等)がまったく足りないため、6月26日現在でも、まだほとんど作業が終わっていない。
そして、日々大きくなっていく、種牡蠣の状況をかんがみ、出されたリミットは2011年7月15日。
6月1日より、齋藤氏が必要なもののリストをつくり、Verdier氏もMulot氏も調達を開始していた。
ところがここに大きな落とし穴があった。
フランスと日本とは、カキの養殖方法がまったく違うのである。
そのため、日本が要求する資材で、その中でも特に足りないロープなどは、フランスにはまったくと言っていいほどないのだ。
日本よりも調達が難しいのである。
このため、互いにすれ違いが生まれていた。
フランスからすると、ロープは被災地の救援活動のために使うのだろうか?くらいに思う人もおり、日本からすると、なぜわかってもらえないのだろう、という状況。
日本人がフランスの産地を知らないように、フランス人も日本の産地を知らない、など基本的な情報のずれも、どう救援したらいいのかイメージできない状況を生み出していた。
だが、その間も、Verdier氏やMulot氏の働きかけが功を奏し、もともと三陸かきを支援したいと思っていたフランスの多数の人々が熱い思いを持って集まっていた。
この状況を打破すべく、2011年6月21日、両方の国の文化や養殖方法などを理解している、佐藤言也氏がフランスへ向かった。
佐藤言也氏が、日本の養殖方法の違いを説明し、かつ、フランスには資材が存在しないことが判明しているにもかかわらず、諦めることなく、その要望にできるだけ近い資材をあらゆるルートを駆使して調達しようと挑戦を継続。
しかも、今日現在、あらたに創ってでも贈るという動きまで出ている。
そして、実際に、いくつかの資材が調達できている。
予想される資材の重さは10トンを超える。
ところが、リミットは7月15日。
もう飛行機で持って行くしか時間がない。
偶然にも、その不可能を可能にしなければいけない打ち合わせの最中に、佐藤言也氏の通訳の方の携帯電話の呼び出し音「ミッションインポッシブルのテーマ」が流れたという(実話)。
通常の場合、100kgで20万円前後が空輸の料金。
つまりは、単純に空輸した場合、2000万円もの費用を要するのである。
当協会も代表の小比賀を中心に、JAL、ANA、クロネコヤマト他、日本のあらゆる運輸会社を交渉を行う。
が進展せず。
(今後のこともあるので、現在も交渉を継続中。)
こういった日本側の体制が不十分なのは、当協会が、三陸のカキが世界の宝であることを、まだまだ日本に伝えきれていないのが原因。
この場を借りて陳謝したい。
そのような中、Verdierさんの働きかけで、この「France-Okaeshiプロジェクト」に協賛しているSDV
より、
「必ず7月3日までに必要な空輸スペースを用意する。だから安心して欲しい。」
と連絡が入ったのである。
あとは、資材の調達をどうするか。
その戦いは現在もリアルタイムで続いている。
また、6月24日には、Mulot氏の働きかけが最高潮に達し、Mulot氏が拠点としているボルドー側(ラロッシェル、ロッシュフォール、トレンブラッド、マレンヌオレロンなど)一帯の産地の関係者、そして政治家が集まり、大々的な記者会見が行われた。
その模様は、佐藤言也のブログを参照されたし。
http://goo.gl/9zRTu
記者会見は、以下のメンバーにより行われた。
Mulot社代表、Patrice Mulot
エリア全体のカキ養殖者の組合長 M.Jean-Pierre SUIRE
ロッシュフォール商工会議所所長 Jean-Claude DELAUNE
ロッシュフォール商工会議所理事 Jean-Philippe Riollet
国民議会議員、日仏親善会会長 Didier QUENTIN
他、多数。
また、フランス国立海洋研究所(イフレメール:Ifremer)
も支援を表明してくれている。
2011年6月24日現在、佐藤言也は、ブルターニュ側の産地、カンカルに移動。
こちらはこちらで、現地在住の日本人・池田ゆう子
氏(カンカルで日本食レストラン、ホテルとクレープリエ経営、日本にも店舗多数)が中心となり、同じように熱い支援が繰り広げられている。
7月15日のリミットに向けた戦いは、現在も、フランス、そして当然現場である三陸で継続中である。
どうか、ひとりでも多くの方のお力添えをお願いしたい。
また、Mulot氏は7月の末、池田氏は7月2日より来日する。
取材等希望される場合は、当協会まで連絡願う。
JOA日本オイスター協会
support@oysters.jp
またこれ以外にも、
シェフヘルプジャパン
が当協会を通しての三陸かき支援を表明。
日仏会館による資材調達活動。
またこの場を借りて、フランスでの様々な活動を支えてくださっているプロハープ奏者、福本忍
氏に御礼を申し上げたい。
フランス皆様の三陸かきへの感謝の思い、そして牡蠣への愛に心より感謝。
関係者の皆様、まずは7月15日リミットの資材空輸プロジェクトを成功させましょう!
⇒002
2011年6月26日(日)
作成:日本オイスター協会理事 佐藤言也