お昼は、商店街にある中華料理店に行く。
店内に入るとお客は誰もおらず、マスターが暇そうにテーブル席に座っていた。
そして、こちらを寂しそうに見つめながら、「いらっしゃい」とボソッと呟いた。
とりあえず、醤油ラーメンを注文する。
今日はたまたま客がおらず、あまり話したことがないマスターと話をできる状況だったので、今まで聞いてみたかったことを聞いてみた。
「そういえばマスターって、某一流ホテルの中華飯店で働いていたという噂があるけど」
この問いかけを、マスターは静かに聞いていたが、ふと遠くを見つめるような目になって、
「昔のことなんでね、もう忘れちまったよ」
と、まるで映画『カサブランカ』のようなセリフを口にした。
まあ、人それぞれの事情があることだろうし、それ以上を聞くことはなかった。
しばらくすると、醤油ラーメンが上がり、マスターが無言でテーブル席に持ってきてくれた。
この醤油ラーメンだが、チェーン店のラーメンとは違った、独特の味わいがある。
小ぶりのチャーシューと、鶏ガラベースのスープも昔風でいい。
海苔と半切りゆで玉子、ほうれん草とナルトが添えられているのも、雰囲気が出ている。
これには、GABANのホワイトペッパーをかけて食べる。
しばらくすると、マスクをしてティッシュペーパーの5箱パックを抱えた女性が入ってきた。
どうやら常連さんのようで、マスターも軽く手を振るのみだ。
女性は、ティッシュペーパーをテーブルにドンと置いて、
「マスター、ティッシュペーパー買ってきたから、これ使って」
と言った。
するとマスターは、
「お、ありがとう。もうすぐ切れるんで困っていたんだ。ご飯食べてきなよ。何がいい?」
と、女性に言っている。
女性は、こちらの方を見ながら、
「じゃあ、ラーメンにする」
と、マスターに伝える。
女性はカウンターの隅に座り、マスターとしばらく話し込んでいたが、このお店はこうして常連さんたちに助けられているのかもしれない。
それはきっと、マスターのお人柄も関係しているのだろう、と思う。
同時に、この小さなお店にも小さなコミュニティーがあり、そこには色々なドラマがあるのだろうな、と思いながら、懐かしの下町風醤油ラーメンをすすった。
・矢野顕子 ラーメンたべたい