こんにちは!

いつもご覧いただきありがとうございます。

 

 大阪府枚方市、ひらパーの近くにある個性ある子の個別指導塾フォレスト個別指導塾枚方校の西川です。

(発達障害、学習障害、不登校、グレーゾーンの児童生徒さんも大歓迎です!)

 

 

 

発達障害という言葉の認識は私が学生のころにはまだほとんどありませんでした。凝視

 

 

私自身がADHDなんだとわかったのは、42歳のころ当時勤めていました会社でのパワハラ 等

 

(この言葉も当時はなかったです悲しい

 

により心療内科を受診したことによるものでした。笑い泣き

 

 

今思えば小学生の特に低学年の時期はその特性がよく出ていたな~ぁ と思います 爆  笑

 

常に机は先生の教壇机の前、、、笑い泣き

 

先生にはホントよく怒られていた記憶があります、、ガーン

 

当然、勉強も本当にできませんでした。。爆  笑

 

そんな私でしたので、、ある時、あまりの出来の悪さに先生が舌打ちし、機嫌がすごく悪くなった

 

ことは今でも鮮明に記憶に残っています。えーん

 

ある自習時間の時、友達がイタズラをしてきて教室が騒がしくなっていたことを 先生が𠮟りに来ました。

 

(当然ですね!爆  笑

 

先生は「誰が悪いと思う?」とクラスのみんなに問いました。

 

いや、まず私に質問してきました、、

 

これもADHDの特性ですね! 思ったことをそのまま言う、、、

 

イタズラをしてきた「●●くんです」そのように答えてしまいました。

 

これがまた先生の怒りに火をつけました、、ムキー

 

他のクラスメイトは「自分自身が一番悪いです」 みんなそのように答えました。。

 

そうか、、それが正解の返事だったんだ、、、笑い泣き

 

なんせ、まわりの空気が読めない小学生でした、、泣き笑い

 

 

どのようなきっかけがあったのか思い出せないのですが、4年生のころからは

 

逆に何も意見が言えないおとなしい小学生になっていました。笑い泣き

 

そこからの記憶は、ホントにあまりないのですはてなマークはてなマーク

 

中学生、高校生の頃は劣等感がとにかくひどく、自己啓発書や哲学書ばかり読みあさっていました。魂が抜ける

 

当時の書籍はまだ自宅に残っています。

 

そのころから「いきづらさ」は相変わらずです。。爆  笑

 

失敗談はまだまだありますが、、もうすぐ授業ですので 今日はこの辺で、、ウインク