文化財にしたいような藁葺きの家である。庇がカステラのようにぶ厚い。玄関の木戸はピタリと閉まっていた。その脇に小動物を入れる檻だろう、四角い金篭が3段に重ねてある。だが、中は空だ。雨戸が隙間を空けた状態で中途半端に閉まっている。縁の下から雑草が伸び放題になっている。チョイと見、人が住んでるとは思えなかった。

 鈴木道太は母屋を離れ、大きな鶏小屋をのぞいてみた。ギョッとなった。鶏が重なって死んでいた。青蝿がワンワンうなりながらたかっている。

 ウラへ回った。

 コチラの雨戸は開いていた。縁石につっかけが一足乗っている。ひょっとしたら、住人はコチラからでいりしているかもしれない。樹齢何百年と思えるような大木が少し離れた所に立っている。その脇に、コンクリで固めた四角い井戸がある。のぞきこみたかったが、地面がぬかるんでいてそこまで行く気になれない。その向こうは鬱蒼とした竹林である。真ん中を抜けるように小道が奥へと続いている。枝葉が邪魔をして遠くまでは見渡せない。しばらくたたずんでいると、その道の向こうから人が歩いてきた。

 杉原猛に違いなかった。横に白い犬もいる。ドンドン近づいてくる。ニット帽をかぶり長靴を履いている。体つきは小柄なほうだろう。痩せていて俊敏そうな感じがする。肩に猟銃をかけていた。

 鈴木道太はどう切り出そうか迷った。私有地に不法侵入したことは事実である。こわもてでいくことは適当でないと考えた。逆に、ヘラヘラ笑って馬鹿なふりをしようと彼は決めた。

 杉原猛が5メートル先で立ち止まった。白い犬もピタリと足を止めた。鈴木道太は笑ってコンニチワといおうとした。杉原猛は猟銃を肩から外して水平に構えた。鈴木道太はその筒先を見つめて言葉を吞んだ。

 轟音が湧いた。

 鈴木道太は濡れタオルで顔面を叩かれた気がした。次の瞬間には、意識が脳みそと一緒に遠くへ飛び、地べたに倒れたときは絶命していた。杉原猛は死体を引きずっていって井戸に投げこんだ。あと一体か二体、投げこんだら埋め立てた方がいいだろう。彼はそう考えていた。側でタロが尾を振りながらウーッと唸っていた。

 

 「だれだ!」

 下田英孝はふたりに向かって叫んだ。驚きと脅えが混じった表情をしていた。

 「誰って警察だよ」辺見直介のその言葉で、下田英孝の足元は瓦解した。まるでどこまでも落ちていくような墜落感であった。

 「アンタ、家からスコップなんぞ持ち出して何するつもりだい?」辺見直介はニヤニヤ笑っている。

 「何をしようと勝手だ。ここはオレの地所だ。出ていけ!」

 下田英孝は金切り声をあげた。気を失うくらいの絶望感の中で最後の抵抗であった。

 「そうはいかないよ。アンタには重大な嫌疑がかかっている。それに自分の地所だからって何をしてもいいとはいえねえぞ。法律ってもんがあるからな。たとえ、自分の地所だって悪いことすりゃ捕まる」

 陽が雲間から顔をのぞかしている。辺見直介はまぶしそうに照らされた丸い顔をしかめながらいった。

 「おれは何もしてない!」下田英孝の怒鳴り声が周りにひびきわたる。

 「デッカい声だすんじゃねえ。気持ちはわかるが今さら気張ったところでどうにもならねえぞ。ネタはあがっちまってる。アンタ、県知事の娘、さらったろ?違うか?オレたち警察を甘く見んなよ。全てお見通しなんだからよ」

 「ナオ!ゴチャゴチャいってねえでサッサと家の中見てこいよ」

 横で、犬神三郎がしびれを切らして怒鳴った。

 

                         続く

 

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