下田は伝票を持ってきた女店員に金を渡す時、もう一度周囲を見渡した。スペースに何台かの車が止まって給油を受けている。周りに店員の他には客の姿はない。ゴクありきたりな風景である。女店員がレジから戻ってきてお釣りを下田の手に乗せた。ゴムまりのように弾力のありそうな女である。確かアヤと呼ばれていて、小木曽の女らしいが他の男ともしょっちゅう出かけているようだ。

 「チップだ。取っとけよ」

 下田は手首を掴んで逆に金を握らせた。ゾッとする柔らかさが女の手の平にはあった。アヤは薄く笑った。雌のイヤラシさが一面ににじみ出ていた。下田は胸をかきむしられる思いを抑えながらドアを閉めた。

 人並みな感覚が戻ってきたのは嬉しいが、今はそんなモノにウツツをぬかしている状況ではない。青筋を立てた警官の大群が身近に迫っている。彼はスタンドから車を出した。エンジンの回転数が上がるよりもっと早く頭を巡らせている。彼は元々頭がいい。小学校で計測した知能指数は130を超えていた。それに見かけより辛抱強い。ルーツが農民だからである。

 農民は土にタネを植え、実がなるのをジッと待つ。そして刈り取ってから食べる。簡単なようだが膨大な時間と手間が費やされる。彼の先祖はそんなことを何百年も前から続けてきた。彼の体の中にはその血が脈々と流れている。

 考えがどうやらまとまってきた。

 やっと将来への希望が開けてきたところで警察に捕まってはどうにもならない。要は、どうすれば逃げ延びられるかその一点であった。警察がどのような手段で追跡してくるかなど考えてみたところでしょうがない。

 初動からひと月もたって解決を見なければ、ほとんどの事件は迷宮入りになると何かの本で読んだことがある。そうすることは意外と簡単なように彼には思えた。たった二つのことをすればいい。娘を床下に埋めて自分が当分の間身を隠す。幸い金はあるし、信頼できる不動産屋もついている。問題の借家は死体を埋めた後、鉄条網で覆ってしまおう。元々、商売にならない物件だった。他のアパートの運営は不動産屋がうまく取り仕切ってくれるだろう。実家は母の松子が守ってくれる。自分はブラリと旅に出よう。ひと月でもふた月でも見知らぬ土地をさまよい歩こう。彼はそう決めた後、いかにもいい考えであるかのように思えてほくそ笑んだ。

 ”そしたらゼンは急げだ。さっそく娘を埋めちまおう”

 彼は家に引っ返して物置からスコップを持ちだし、娘のいる借家へ向かった。着くと、一旦、借家の中に入り現場の確認をすますと、スコップを持ちだそうと外に出た。すると自分の車の側に一台の見知らぬ車が止まり、その脇にふたりの男が立っていた。ひとりは派手な柄シャツを着た大男だった。もうひとりは黒ずくめの男だった。ふたりはジッと下田を見据えていた。

 

                            続く