朝食をたらふく食った後、下田英孝は有り金を残らずポケットにねじ込んで車で家を出た。何かをしたいというアテはなかったが、家にジッとしてはいられなかった。ようやく、スタートラインに立てたという思いがしていた。ハンデが取り払われてたった今、万人と同等になることができたという思いである。

 発病してから長い間苦しみ続けてきた。何をしても心は晴れず、重い荷物を背負って暗い海を漂っているような気分だった。もがいてももがいても、結局は深みにはまっていく。浮き上がることはできないと覚悟していた。ちょっとした立ちくらみでも、発作の前兆だと勘違いして、頭を抱え込んで布団に潜り込んだことが何度もある。それほど用心していたのに、痛みは訪れるごとに激しくなっていった。事実、彼は輪っかにしたロープを鴨居に通したことがある。首を吊ることはとうとうできなかったが、足首を入れて逆さになって激痛に耐えた。かきむしったり噛みついたりしたので、下の畳がささくれ立ってしまった。

 脂汗を流してのたうち回っている時は死にたいと思う。もう殺してくれと願った。だが発作が治まった時は猛烈に生きたいと思う。だから、襲ってくる次の発作に心底脅えた。生身の人間の脳みそがあれほどの激痛に耐えられるはずはない。自分がどうにかなってしまうと悩み続け、精神が不安定に陥ってしまったそんな時、彼は自分を抑えきれなくなり凶悪な犯罪を犯してしまった。今にして思えば、その時は気が狂ってしまっていたのだろう。自暴自棄になっていた。

 あるいは、少女をさらって蹂躙することが子供の頃からの夢だったので、どうせ死ぬんだったらやってやれの気持ちだったのであろうか?それはいいとして、まさか最後にさらった少女が県知事の娘だとは思わなかった。県知事の家があの辺の高台にあることは薄々知っていた。だが、あの家がそうだとは思わなかったのだ。

 少女がその家から出て来ることも知っていた。ちょっと見かけて以来、その姿は脳裏に焼き付いていた。官能を刺激されて、どうしても我慢できないような対象者がたまには出てくる。その少女はまさしくそうだった。彼自身が歯止めのきかない状態だったこともあるし、ここでならと思っていた人気のない裏道で見かけた時、とっさに近づいて行ってスタンガンを押しつけ車に乗せてしまった。

 所有する空き家に連れこんで一通りの蹂躙を終えた後、少女は泣きながら父親の名前と職業を告げた。そうでなかったら、今まで通り何らかの方法で少女を殺してしまっていただろう。そうはせずに、指を切りとって少女の家に送りつけてしまったが、あの行為は本当のところいったい何だったのだろうか?ハッキリとはわからない。

 下田英孝はカッと目を見開いた。なんとなく、普通に殺してはマズいとの考えだったと思う。

 そんなことは、今になってはどうでもいいことだと自分を戒めた。病気が治った今、本腰を入れて生き延びる道を模索せねばならない。血相を変えた警官が群れをなして自分を追ってきているに違いないからだ。実際に、きのう小池太郎を訪ねてきたふたりの刑事もその仲間だったのだろう。だからもちろんのこと、輪は確実にすぼまってきているが、まだまだ時間はありそうだと彼は予測していた。土俵は大きいし切りとった指を送りつけるという行為が、事件を突拍子もない方向へねじ曲げてしまっていると踏んだのだ。

 ”逃げきれる。娘は埋めちまおう。忍びこんできた男と一緒にだ。あの家はオレのもんだ。床下に埋めちまって5,6年たてば骨までわからなくなる” 彼はほくそ笑んだ。

 

                       続く

 

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