「看護婦さん、どうもありがとう。こんなうまいコーヒーを飲んだのは久しぶりですよ。ぼくの今の気分としては、あなたに結婚を申し込みたいくらいですよ」向井はタバコに火をつけながらいった。

 「それでしたら、もう一杯いかがですか?」笛木サヨが平然と応えた。

 「いや、もう結構です。実は何を隠そう、あなたと結婚出来ない事情を抱えてましてね」

 「助かりましたわ。実は、わたしもそうなんです」彼女はそのまま去った。

 「さあてと」向井は城崎に向かって煙を吹付けた。「話をする約束でしたね」

 「そう願えますかね。実をいうと、わたしは休診の札など出したくないと思ってるんですよ」

 「ハハア、営業妨害というわけですか?」

 向井はそういい再度懐に手を入れた。そして、今度は本当に拳銃を引っ張り出した。鯖のウロコのように青黒く光ったマグナム354だった。彼はそれを玩具のようにしばらくこね回してから元の位置にしまった。

 城崎は血を抜かれたようにこわばってしまった。皮肉をいって向井を攻撃したことを、取り返しのつかないことをしたと猛烈に後悔していた。相手は手に負える人間ではない。下卑たお世辞でも何でも連発してゴキゲンを取り、早くお帰り願うに越したことはないと判断した。

 「け、刑事さんはかっこいいですねえ。テレビに出てくる刑事さんよりかっこいい。羨ましいかぎりです」

 城崎がそういうと向井は唇をねじ曲げた。

 「羨ましいのはコッチですよ。さっきの看護婦さんは先生を海の底より深く愛していますね。県民全部を殺せば先生を助けるといわれたら、間違いなく彼女はそうするでしょう」

 「県民全部をですか?」城崎は調子をあわせてどうにか笑顔を作っている。

 「彼女の細腕でそんなことできますかね?」

 「まあ、それぐらいの意気込みだいうことですよ。できるかどうか知らないが、彼女はその仕事にとっかかるはずです」

 「・・・」言葉を失い、城崎は瞑想の中に引きずりこまれた。

 彼女の血まみれの手が見える。裂かれた腹の中から臓器を引っぱり出す、ベトついた彼女の細長い白い指、、、。

 

 「先生はここに来て何年になりますか?」刑事が不意に聞いてきた。

 医者はハッとしながらも付いていった。「ほんの10年ですよ」

 「ほんの10年の間に何をしてたんですか?」

 「ありきたりのことですよ」城崎は動揺を抑えていった。「わたしは医者なんで、医者としてごくありきたりのことをズッと続けてました」

 「それに間違いないんですね?」刑事はねちっこい。

 その時、笛木サヨがコーヒーカップを持ってまた部屋に入ってきた。

 「間違いありませんね。わたしがしたことといったらそれだけです」

 医者は直に婦長からコーヒーカップを受けとった。

 「フェラチオして見て下さいよ」

 向井のこの言葉に、城崎はあやうくカップを落としそうになった。笛木サヨはとっさに判断がつかなかったようだ。平気な顔をして側に立っている。

 「今、なんといったんです?」城崎は青くなって訪ねた。

 「先生にいったわけじゃあありませんよ。看護婦さんにいったんです」

 「そうですか、そりゃわかりましたが、わたしの聞きたいのは言葉そのものなんですよ。すいませんが、もう一度、いって貰えませんか?たぶん、わたしの聞き間違いかもしれませんから」

 「フェラチオしてみてください。こういったんですよ。どうです?今度はよく聞きとれましたか?」

 

                         続く