母校の研究室に問い合わせると、上坂多枝の消息はすぐに判明した。なんと、彼女は今でも定期的に板橋教授のゼミに参加しているという。池袋にオフィスをかまえ、小規模のクリニックを開業しているが、自分の大半の時間を研究に費やしているにちがいない。彼女に波長を合わせられる異性はそういないだろうから、きっと独身だろうと京極は推測した。

 でっぷりとした肉を盛り上げて武装し、決して自分の柔らかで傷つきやすい部分を他人に晒そうとしない孤独な女。それが彼女だ。京極は彼女と出会った日のことを、今でも鮮やかに思い出す。

 新入生のオリエンテーションが行われた講堂で、彼らは隣り合って座った。ただ、それだけのことだった。それだけのことで、京極は何年にも渡って彼女を所有し続けた。おもに、性処理用の道具としてである。

 のちに、上坂多枝はこう告白している。

 「わたしは決めてたと思うのね。わたしは引っ込み思案で内気だった。それまではまともに男の子と口さえ聞いたことがなかったのよ。ただ、勉強にすがりついてた。デブでブスなガリ勉女、それがわたしだった。でも、男の子への憧れは人一倍あった。心の中では、いつも男の子とつきあいたいと願っていたのよ。だけど、サッパリ自信がなかった。つきあい方も知らなかったし、恐かった。だから、最初から決めるしかなかった。田舎から巣立って、始めて大学に登校した日。オリエンテーションが行われたあの薄暗い講堂で、わたしの隣りの関に座った男を愛そうと。そう決めてたのよ。無意識のうちにね」

 そうとは、京極は知るよしもない。

 だから、集会が終ると足早に講堂を後にした。風が相当に強い日で、歩道にイチョウの葉が舞っていた。正門まで来た時、彼は背後に物音を聞いた。何かが近づいてくるような気がした。彼は振り返った。

 教科書をかかえた上坂多枝が走ってきていた。

 運命の歯車がゴトンと鳴ったのはこの時だと京極は今でも思う。不思議なことに、彼は、ハアフウいいながら目の前で立ち止まった名も知らぬ太った女に「また、会いましたね。お茶でも飲みませんか?」といったのだから、、、。

 

 そうしてふたりは、床にまで雑誌を積み上げているような狭くて薄す汚れた喫茶店に入り夜まで過ごした。その間に、京極の意識はすっかり変遷していた。自分もしゃべり、多枝の訥々とした語り口に、いちいちうなずいてはいたが、全てはうわの空だった。彼は多枝の肉体に欲情していたのだ。乳房と尻は垂れるほど張っているが、胴は案外とくびれている。ニキビ顔をぬきにすれば、ルノワールの裸女のようだとも思った。

 彼は生来、日に何度も手淫をするほど、性欲が強い。だから、店を出るなり、多枝の肩を抱いて、物陰に引きずっていった。

 唇を重ねた。彼女の重くて固い本が京極の足甲に落ちた。痛くはなかった。彼は彼女の体をまさぐるのに夢中だった。

 やがて、多枝は泣き出した。その時にはもう、京極の舌を引き抜くほど強く吸っていた。

 これがふたりの始まりだった。

 

                        続く