2025年度の
年間テーマ
「お言葉どおりこの身になりますように
~われ弱くとも恐れはあらじ~」
年間聖句
「恐れるな…神には、
何でもできないことはありません。」
(ルカによる福音書1章30.37節)
13 しかし、主に愛されている兄弟たち、あなたがたのことについて、わたしたちはいつも神に感謝せずにはいられません。なぜなら、あなたがたを聖なる者とする“霊”の力と、真理に対するあなたがたの信仰とによって、神はあなたがたを、救われるべき者の初穂としてお選びになったからです。
14 神は、このことのために、すなわち、わたしたちの主イエス・キリストの栄光にあずからせるために、わたしたちの福音を通して、あなたがたを招かれたのです。
はじめに
私は教会学校に行き初めて(神様と出会って)55年、洗礼を受けて49年になります。今回は私の教会生活の節目を振り返って次の3つのことをお話したいと思います。
〇なぜ私が選ばれて信仰へと導かれたのか
〇なぜB教会から母教会のA教会へ戻ったのか
〇なぜ今、西宮聖光教会に通っているのか
1.なぜ神様は私を選んだのか
幼いころA教会(岡山)の教会学校に通っていました。その頃何十人もの子供が集まっていた中から、今も教会につながっているのは私と弟だけです。なぜ教会へと導かれたのかを振り返ってみますと、それは私と母との関係にあります。
母は今年89歳ですが、戦前戦後の”貧しく質素に”を求められた時代に育ったという背景を思うと、女性として様々な忍耐を強いられていたこと、女性ということで差別や抑圧のなかで生きてきたのではないかと想像できます。
母の大事にしていることは常に「世間体」であり、子どもに対しては「教育熱心」でした。娘の私には「おとなしく、目立たず、しおらしく」を求め、「料理裁縫はできて当然」とし、教育面では「成績は優秀」であるべきを要求していました。
反面、「女の学歴は高くないように」を求めていました。母はだれかと比べて子どもを評価し、自分の思い通りにならないと「わがままだ」とののしり、私に悪い面や気に入らない面があれば「お父さんに似ているから」「(父方の)おばさんに似ているから」と嫌いな人のせいにしていました。
娘を自分の理想の人形にする、あるいは自分が育てられた価値観で娘も同じようにしつけているような人でした。
私が母の要望に応えて勉強を頑張って成績がよくても褒められることはないし、周囲に私の容姿や態度を褒める人がいたとしても、それを嫌がったり否定するような人でした。
今から思えば、母自身のなかにある不満や劣等感の多くを私に投影していたのかもしれません。ある意味、母と娘に境界線がないという状態だったとも言えます。
そういう状態で育った私は当然、自己肯定感も自尊感情も低い子どもでしたし、自分の意思ではなく母の好みを常に意識しているような子どもだったと思います。
そのような育ちの中で10歳ころに教会学校に行った私を、神様は憐れみをもって選び出してくださいました。
大人の顔色ばかり気にする哀れな私をみて「あなたはそのままですばらしい、私にとって貴重で大事なもの」として迎えてくださったのです。
聖書のテサロニケ人にあるように、文語では「それは、神があなたがたを初めから選んで、御霊によるきよめと、真理に対する信仰とによって、救いを得させようとし」てくださったとあります。
旧約聖書の申命記に、神さまが「イスラエルを選ばれたのは、どの民よりも数が多かったからではく、すべての国々の民のうちで最も数が少なかった」とあります。 ということは、神様が一番小さく弱い民族イスラエルを神の民として選ばれたということです。
それと同じように、神様はあの頃の私のような一番弱く哀れな子どもに目を止め、憐れみを持って選んでくださったのだと思うのです。もし神様と出会ってなかったら、信仰者とならなかったならば、おそらく卑屈で心の貧しいまま大人になっていたかもしれません。
*コロサイの信徒への手紙 1章13節
「神は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移して下さった」
育ててくれた母を闇の力というのは大げさかもしれませんが、神様が母の支配下におかれている私を見つけ出してくださり、「あなたはそのままでいい」とするイエス様の支配下に移してくださったのだと思うのです。
2.なぜB教会からA教会へ戻ったのか
B教会には、大学生時代から35年お世話になりました。B教会での教会生活は多くのことを学び信仰を育てていただきました。特に聖研祈祷会などで聖書の学びが深められたと思います。
また、信徒の方々からは「祈り」について学びました。一人で祈る、信徒と祈り合う、祈祷会や礼拝の祈りなど様々な場面での祈り方を先輩を見て教わりました。
学生のときに通い始めたころは、若い方が多く青年会が活発で、子育て中の婦人の方も育児をしながら婦人会活動をして教会を支えていたこと、教会学校も保育園の子どもたちであふれるように集まっていました。田舎の小さな教会出身の私にはまぶしいくらいに感じました。
しかし30年くらいたったころ、このままこの教会にいてよいのだろうかという迷いが出てきました。教会の奉仕活動に疲れ切ったという面もありますが、教会のあり方にも疑問をもつようにもなっていました。
教会では大規模なバザー、クリスマス祝会、豪華なゲストのチャペルコンサートなどの行事、聖歌隊、毎週の昼食会、どれもが規模が大きくて派手に行われていました。これも伝道の技として祝福されているものだとは思うのですが、少しずつ疑問に感じるようになりました。
私には教会が文化活動を楽しむカルチャーセンターのようであり、仲良しの人が集まるコミュニティセンターであり、そして奉仕する者は自己実現を求めるボランティアセンターのようにも見えていったのでした。
これらのことを否定しているのではなく、これがB教会の良さでもあり、教会がそのような役割も担っているということも理解しています。しかし、私は徐々にこの「文化センターのような教会から卒業したい」と思うようになったのです。
教会へは楽しみを求めるのではなく、語りあう友人に会うためではなく、奉仕をして自己実現や存在価値を確かめる所ではなく、ただ神様に向き合うための礼拝をもっと大事にしたいと思うようになったのです。
10年前、夫が亡くなったのを機にB教会を離れ、故郷のA教会に転会することを決意しました。岡山は遠いので今は、聖光教会の礼拝に招かれています。
3.西宮聖光教会に通いはじめて
聖光教会の礼拝に出席するようになって7年近くになります。小さな教会で少人数の礼拝の環境は、A教会の雰囲気と似ているので落ち着きます。牧師の説教は神様のみ言葉として大事なことがコンパクトにわかりやすく語られています。
教会には中学生から高齢者まで、初心者から信仰のベテランまで一緒に集います。いつどんな方が参加してもわかるようになっているという、親しみやすさがよいのだと思います。
一人ひとりの信仰の段階によって、神様は必要な時に、ふさわしい礼拝の場所を用意してくださっています。そしてそれぞれの信仰の成長に合わせて、ふさわしい教会へと導いてくださるのだと思います。
昨年は40周年記念ということで、記念誌の編集にも少し携わられていただきました。その過程で、聖光教会の創立を担った初代の牧師や信徒の方々の働きを確認することが出来たのはとても大きな恵みでした。
「祝福」という言葉の元々の意味は「価値あるものを渡す」ことだそうです。神さまが最高の価値あるものを私たちに与えて下さること、それが「祝福」ということです。
それも神様の一方的なご計画によって教会が建てられ、福音宣教がなされていくように導き、救いを求める私たちを教会へと招いてくださっているということが、記念誌のなかに記録されています。
これは西宮聖光教会が神様から豊かに「祝福」されているということ、そしてこれからも新たな次の世代の牧師や信徒に「価値あるものを渡され」続けていくのだろうと思います。
私たち信徒は選ばれた初穂として、神様の栄光を表すことができるように歩みたいものです。
<祈り>
恵み深い天の父なる神さま、
神さまは私たちを救われるべきものの初穂としてお選びくださり、教会へと導いてくださっていること、そして信仰を持ち続けられるように聖霊の力で支えてくださっていることに感謝いたします。
取るに足らない私たちですが、神様の祝福によって「価値あるもの」とされていることを感謝します。イエス様の福音を通して、これからも私たち一人ひとりがイエス様の栄光を表すものとして用いてください。
このお祈りを主イエス・キリストの御名によって御前におささげします。アーメン
K.Iさんの「証し」を読んでくださり、ありがとうございました。
本人の了解を得て、「証し」の原稿をそのまま掲載させていただきました。
「兄弟たち、あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません。
あなたがたの信仰が大いに成長し、お互いに対する一人一人の愛が、あなたがたすべての間で豊かになっているからです。」(Ⅱテサロニケ1:3)
このみ言葉のような感慨を覚え、感謝いたします![]()
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愛餐会
(みんなで楽しいお食事会♪)
ピラフとスープ、チキンナゲットのランチ
お土産のお菓子がデザートでした♪
たとえ人数は少なくても
みんなと一緒に礼拝を捧げられることが
なによりの喜びです![]()
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