2025年度の
年間テーマ
「お言葉どおりこの身になりますように
~われ弱くとも恐れはあらじ~」
年間聖句
「恐れるな…神には、
何でもできないことはありません。」
(ルカによる福音書1章30.37節)
平和聖日
*詩篇94:3.11
3 主よ、悪しき者はいつまで、悪しき者はいつまで勝ち誇るでしょうか。
11 主は人の思いの、むなしいことを知られる。
*マタイ6:33
33 まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう
1.はじめに~戦争をしないと誓った日本
80年前の8月15日、日本は戦争に負けました。それから80年、日本は戦争をせずに歩んできました。
二度と戦争はしないと誓い、努力してきたからです。
これは私たちが何よりも感謝すべきこと、そして誇るべきことです。
しかし今、世界は再び不穏な空気に包まれています。
第二次世界大戦後、約40年続いた冷戦が終わり、ようやく世界に平和が訪れるかと思われたのも束の間、各地で紛争が起こっています。
ウクライナやパレスチナの地では戦火が広がり、長期化の兆しを見せています。
ニュースで流れる映像に、私たちは胸を痛めます。焼け落ちた家、泣き叫ぶ子ども――この現実を、どう受け止めればよいのでしょうか。
今日は改めて、戦争を二度としないと誓った日本に住む者として、平和を造り出すことを考えてみたいと思います。
2.神は見ておられるー人間の限界
誰よりも、何よりもこの現実を見ておられるのは神さまです。
*詩篇94:8~11、23
8 民のうちの鈍き者よ、悟れ。愚かな者よ、いつ賢くなるだろうか。
9 耳を植えた者は聞くことをしないだろうか、目を造った者は見ることをしないだろうか。
10 もろもろの国民を懲らす者は、罰することをしないだろうか、人を教える者は知識でも、をもたないだろうか。
11 主は人の思いの、むなしいことを知られる。
詩篇94篇は、力を乱用して弱い者を踏みにじる支配者を「不義を続ける者」と呼びます。
そして、「主は人の思い」、すなわち人間の考えや計画が、むなしいことを知っておられると宣言します。
戦争の原因は単純ではありません。歴史的背景、宗教や民族の違い、経済的利害、政治的思惑――さまざまな要因が複雑に絡み合っています。
しかし、その根本には人間の罪の性質があります。
創世記(2・3章)は、人間が「善悪の知識の木の実」を取って食べたときから、神の真理から離れ、自己中心に生きるようになったと語ります
神を無視した知恵は、争いや暴力へと傾き、平和の実を結ぶことなく、命を滅ぼす「むなしい」ものとなってしまいます。
3.神の示す平和への道
では、平和はどうすれば実現するのでしょうか。答えは驚くほど単純です。
*マタイ6:33
33 まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。
これは、イエスさまの教えです。自分の考えではなく、まず神さまの支配を受け入れ、神さまの正しさを基準に生きるようにとの教えです。
人は、生きるために食べ物、着物、住まい、お金など、いろいろなものを必要とします。
しかしそのために、人のものを奪い、必要以上に多くを蓄え、贅沢に走ることがあります。
しかし、神の義―つまり、「神の正しさ」とは、人を愛し、他の人に憐れみを示すことです。そこに平和の土台があります。
私たちは、国や社会を変える力を直接持たないかもしれません。
選挙をしても、戦争や核兵器を容認する人が多数を占めることもあります。
それでも、神さまの教えを聞く私たちは、日々の生活の中で神の義を選び取ることはできます。
憎むより赦すこと、奪うより与えること、争うより和解すること。
この小さな選びの積み重ねが、やがて神の平和を私たちの間に広げていきます。
4.平和をつくり出す者として
平和は「遠い理想」ではなく、私たちの心から始まります。
神に背く力は今も働いていますが、神さまは全てをご覧になっておられます。
詩篇94篇のように、私たちは「主よ、いつまでですか」と思う時でも、神さまに訴え祈りつつ、自分の生活を神の義に沿わせていきたいと思います。
*マタイ5:9
9 平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。
核戦争で世界が滅びる前に、国も民族も、そして神さまによって造られた人間一人ひとりも、神さまに立ち返ることができますようにと祈ります。
【黙想・祈り】
すべての国々を治められる主なる神さま。世界に広がる戦争と争いを収めてください。権力を乱用する者たちの心を砕き、平和を求める心を与えてください。私たちが日々の生活の中で、あなたの義を選び取り、平和を造り出す者として歩むことができますように。イエスさまの御名によって祈ります。アーメン。
長いメッセージをお読みくださり、ありがとうございました。
神さまの基本的な教えである「十戒」では、「殺してはならない」(第六戒)と定められています。
キリスト教徒も、ユダヤ教徒も、イスラム教徒も知っている教えです。
神さまの教えを無視してまで争い、闘う理由は何なのか、理由は複雑すぎてわかりません。
けれども、殺人行為である戦争は、人類の歴史が始まって以来絶えません。
強奪、搾取、支配、争いや戦いがなくならないのは、やっぱり人間の「罪」のためだと思います。







