「静物画」(エリカ・ラングミュア著,高橋裕子訳、八坂書房,2004年)

この本で一番感動的だったのは,この絵である。陶製の皿の上にゴツゴツとしたジャガイモのようなみばえのしないリンゴとザクロ。鈍い光を放つピューターポットの前にコップに赤ワインが入っている。その前に小さなりんごが二つ。「ヴァニタス」の絵に比べると,人生の富貴や五感の楽しみを表すものは何一つないけれど,目の前の「静物」を確かに発見したと言う感じがする。ラングミュアが,ベラスケスの作品について言った感動的と言う言葉をこの絵に感じた。誰の絵かと思えばギュスターブ・クールベ。

Still Life with Apples and a Pomegranate Gustave  Courbet   1871−72

44.5 x 61 cm

私は彼の静物画を知らなかったので,いささか驚いた。

本にはクールベが1871年に刑務所に入っていたときに描かれたもの。その事情についてラングミュアの叙述を長くなるが引用する。

 

 「普仏戦争でフランスが敗れ,「第二帝政が崩壊したあとパリにも自主管理政府が生まれたが,クールベはこのパリ・コミューンにおいて,芸術と諸制度の自由主義的改革に積極的に取り組んでいた。パリとその周辺にある美術作品を破壊から守ることに全力を尽くす一方で,かれはナポレオン軍の勝利を記念したヴァンドーム広場の円柱の撤去を唱導した。なぜなら

 『この記念碑は芸術的価値に欠け,その性質上,戦争と征服という理念を永続させる傾向があり,……この理由によって,現代文明の精神,今後、諸国民の間に普及すべき万人の友愛および協調とは相容れないからである。』

 クールベが長を務めていた芸術委員会とは無関係に,記念中は撤去されたばかりか破壊されてしまった。右派の政府がコミューンを無残にも鎮圧するとクールベは軍事法廷で裁かれ,記念中の破壊に荷担したものとして,多額の罰金と六か月の禁固刑を宣告された。」(p124-125) 

 

その時,友人たちから果物や花が届けられ描いたのが静物画。作品についてはフランスの田舎の諸価値に対する忠誠を証していると同時に,静物画の伝統に対するクールベの帰依を証拠立てるものとしている。さらにクールベ自身の言葉を引用している。

 

 『私がこれまで努力してきたのは,伝統を知り尽くした上で,そこから私自身の独立性と独自性について,筋の通った自覚を引き出そうと言うことだった。』『時代の習俗,理念,状況を,私自身が見たとおりに記録すること―画家であるとともに人間であること,要するに生きた芸術を造り出すこと―それが私の意図なのだ。』(クールベの言葉)

 

 ラングミュアが画家自身の言葉を引用するのはこの本では初めてではないか。この過不足ないクールベ自身の言葉は見事だ。

 

 「彼が見たとおりに記録し,注目と敬意と称賛に値するものとしてそれらを他の人々に改めて提示した(再現した)ことにより…果物は静物画に変貌し『画家であるとともに人間である』者の,生きた芸術になった。」(p128)