BEYOND BORDERS

自分の心の壁(ブロック)を越える!
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アメリカの「南北戦争」と聞くと何を思い浮かべますか?

奴隷解放?

リンカーン?

私は映画「風と共に去りぬ」を思い出します。

 

さて、ここでも大切なポイントとなるのは、「奴隷を解放しようとする北軍vs旧来の大農場経営の南軍」ではないのです。

また、時期も非常に大切です。

 

アメリカは建国当初のジョージ・ワシントン内閣時より自国の経済政策について割れていました。

 

 

1 トマス・ジェファーソンを中心に農業で自給し、輸出できる国 (国務長官 第3代アメリカ大統領)

2 アレクサンダー・ハミルトンを中心に製造業を興していく新興工業国 (財務長官 バンク・オブ・ニューヨークの創業者・10ドル札紙幣の肖像人物)

 

保護主義の工業地帯、自由貿易の農業地帯。

 

アメリカが建国されたのは1776年。

 

1812年には米英戦争(第2次独立戦争、インディアンによる代理戦争、)が起こり、これを契機にアメリカはヨーロッパからの自立を促されることとなります。

 

米英戦争では、南部や西部の入植者は原住民であるインディアンの土地を得て、さらに農業輸出拡大を目論み、戦争を支援。

両者の経済的・軍事的疲弊のため、結局は翌年、ベルギーのガンで講和が結ばれました。

戦争中、イギリスからの輸入品を頼ることができなかったため、アメリカはおのずと産業・工業が発展します

保護関税をかけ自国を守り、ナショナリズムも高揚していきます。

 

1830年代になるとアメリカでも産業革命が起こります。

 

保護主義により自国の工業を発展を望むのは北部の資本家と労働者たち。

それを貫けば、南部の綿花はヨーロッパに受け入れられなくなる。南部の綿栽培などのプランテーション(大規模農業)にはまだまだ奴隷の労働者も必要でした。

 

 

南北戦争が起こったのは1861~65年です。

 

ペリーが日本にやってきたのはそれより少し前のの1853年でした。

日本での大政奉還は直後の1867年。

 

 

南北戦争とはアメリカ国内の「保護主義と自由貿易」との経済権益をめぐる闘いだったのです

リンカーンの奴隷解放宣言はその副産物。

支援を得るために人道主義的なことを述べるのは、今も昔も変わりません。

 


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