朝倉高校が、体育祭を実施する。

 

実は小学校の体育祭が開催されたのだが、午前中で終わり。

熱中症対策のため、午前中で終わるようにした様だ。

 

朝倉高校の体育祭も、2日間に分けて午前中だけで開催するらしい。

 

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遥か1週間前から、

周囲の家庭に挨拶をして

駐車場を念入りに確認し(付近の駐車場が満杯になってしまうから)

衣装の確認、用意に余念もなく

万全の柵を期して、開催された。

 

おかげで周囲にも、職員にも、OB/OGにも満足の行く大会となったようで、

現役生のみんなにも、感謝して止まない。

 

さて。

 

私と言えば

体育祭に

一度も参加したことが

ありません。

 

・・・とくれば、

何か相当悪かったとか、

虚弱体質で健康がすぐれない生活を送っていたのでは?

とお思いの方もおられるでしょう。

 

そもそも、創立120年になろうとする朝倉高校の体育祭が、

たったの67回しか開催されてないのはおかしいでしょう?

 

戦争などの中断ならまだしも。

 

実は50年ほど前の1985年以前だと、

体育祭は文化祭との「隔年開催だった」のですよ。

 

「体育祭の年」→「文化祭の年」→「体育祭の年」→「文化祭の年」・・・ってな感じで。

 

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私の年は

文化祭→体育祭→文化祭。

 

このシステム、割といいんですよ。

 

一年の時に「体育祭の年」や「文化祭の年」を経験していれば、

三年になったときにどうやればいいのか、がわかる。

 

それはまるで、20年ごとに新築される伊勢神宮の「式年遷宮」と同じです。

 

「常若」(とこわか:常に新しいという意味)の最上級の礼儀である、ということでもあります。

前回、新人だった職人が、20年後に「棟梁」として指導に当たる。、というわけです。

 

言ってみれば「2年越しで体育祭・文化祭をやる」わけで、

どちらにしても気合が入っているわけですね。

 

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そんなこんなで私の話に戻りますが、2年時の体育祭の一週間前に、体調がおかしくなりました。

 

ペンを持つ右手が、フルフルと震え始めたのです。

 

その体調は、日を追うごとに悪化して、体育祭の2日前になると、箸を持てなくなりました。

 

「ほら、震えてるよ。」と、私が母に言うと、

 

「バカな事言わずに早く食事しなさい!」

 

「だからぁ!冗談じゃないってば!」

と立ち上がると

 

シャッターを閉じたように

目の前が真っ暗になり、

そのまま倒れたそうです。

 

急いで近所の内科に行っても

「わからん。・・・紹介状を書くよ。」

 

県立病院に行って足のひざをコンコンゴム製のハンマーで叩いても

「わからん。・・・紹介状を書くよ。」

 

最後にたどり着いたのが「久留米大学付属病院」

 

電話すると、「明後日来てください。」という返事。

 

体育祭の当日ではないか!

 

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付属病院の受付に行って、待つこと10分

 

こちらにお越しください、と看護師に言われ、ついて行く。

 

すると病院から離れ、「医学部」の教室棟に入っていくじゃないか?!

 

やがて「脳神経外科」と書いてある部屋に到着し、ノックをする。

 

「患者さんの山部さんがお越しになられました。

「はい、どうぞ!」

入ってみると、

一人の初老の教授が一人いて、

7人の医学部生がいました。

それぞれが30cmもの分厚いファイルを持ってました。

 

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「はい、そこに座って症状を言ってください。」

 

「はい、1週間くらい前から集中してペンを握ると、指ががくがくと震えるんです。」

「一昨日などは、箸を握ることも出来ず、立つとそのまま倒れてしまいました。」

「体育祭の練習で疲れてはいると思いますが・・・」

 

フンフンと教授は頷き、7人の医学部生にこう言いました。

 

「これはヒステリー症候群の一種で・・・」

と、後半はまるで分らない単語の羅列でした。

 

「大丈夫ですよ。お薬だけ貰って行ってくださいね。」

 

と易しそうに言ったら、間髪入れずに医学部生に向かって

 

「この症状にはCT撮影などは必要がない。

       レキソタンを毎日20mg投与して・・・」

と訳の分からない言葉をまくし立てていました。

 

「はい、終わりです。ありがとうございました。」

と教授に言われて、看護師さんによって教室から出ました。

 

その時間は、たったの10分。

 

僕の話は、医学部生を前にした臨床検査モドキだったのか?

 

思うに、この話を聞いた教授が

「ああそうだ、今度講義するヒステリー症候群の話をしよう。明後日だからやって来るはずだよな。」

ということなんじゃないか、と思った。

 

その後、この貰ったレキソタン錠を飲んだら、あっさりと完治した。

 

・・・・といった不思議な話でした。

 

帰ったら、体育祭はもう片づけをやっていました。