たわらほんせんじゃないよ、たわらもとせんだよ(笑) | ヘタレ車掌の戯言

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毎日惰性だけで生きているヘタレ車掌の日常です。

4月になってから更新さぼり気味でスミマセン(笑)。

実は今月8日に阪堺復元色お誘いを受けて大阪に日帰りで出かけていたのですが、午後集合だったので、集合場所に向かう道中でカメラ撮り鉄してきました。そんな訳で新年度初の記事のはじまりはじまり~。

 

今回は日程的に近鉄バス夜行高速バス利用が難しく、往復リッチにJR東海新幹線新幹線の自由席でした。JR東海新幹線新幹線も帰省ラッシュとかでなければの話になりますが、始発駅からの乗車であれば、無理に指定を取らなくてもだいたい座れます(笑)。天王寺に14:50集合とのことなので何か所も撮り鉄は出ないなと思い、さてどこに行くかと考えた結果、京都駅で新幹線を降りて近鉄近鉄電車沿線に向かうことにしました。

 

近鉄近鉄電車京都線近鉄京都駅から橿原神宮前行き急行に乗車して、“ある編成”を探すべく、対向列車や車庫内に留置されている車両をチェックしていたのですが、あいにく遭遇せず橿原線田原本駅で下車し、駅前広場を挟んだ側にある近鉄近鉄電車田原本線西田原本駅に向かいます。田原本線に乗るのは実に20数年ぶり・・・

近鉄近鉄電車生駒線とJR西日本JR西日本関西線(大和路線)・桜井線王寺駅に隣接した新王寺駅から西田原本駅を結ぶ田原本線は、1918年に大和鉄道が開業させた路線で、今年はその開業から100周年となることから、現在活躍している近鉄8000系8400系1編成を今月から、かつて田原本線て活躍していた820系のリバイバル塗装として塗装変更しています。西田原本駅では偶然にも復刻塗装の編成がやってきたので乗車し、どこで撮れるか考えながら先頭車の乗務員室越しに眺め、箸尾駅で下車します。田原本線は、他の近鉄近鉄電車各線とは直通運転がない(西田原本駅~橿原線石見駅間に連絡線があります)上に、両端の新王寺駅と西田原本駅という駅名が示すように隣接する近鉄近鉄電車の駅とは改札外に出ての乗換えとなる構造だからか、新王寺駅と西田原本駅を除いて磁気券対応の改札機が設置されておらず、現在近鉄近鉄電車で改札での利用が終了しているスルッとKANSAIカードやJスルーカードが利用できない路線となっていました(現在はICOCAICカードのみ対応の簡易改札機が設置されていますので、ICOCAICカードの利用が可能です)。両端の駅が隣接する近鉄近鉄電車の駅と別駅になっているのは、前述のとおり生駒線や橿原線とは別会社(両線よりも開業はこちらのが先…生駒線の前身である信貴生駒電鉄は1922年、大阪電気軌道畝傍線→近鉄近鉄電車橿原線は1923年に開業)だったこと、西田原本駅はその先に桜井駅までの路線があって、かつては中間駅だったこと(田原本駅…現・西田原本駅~桜井駅間は戦時体制下の不要不急路線として1944年に休止、1958年に廃止)だったことにあるようです。余談ながら西田原本駅~桜井駅間の廃線跡は県道14号線に転用されているとのことです。大和鉄道としての開業当初は鉄道院(→鉄道省運輸省国鉄マーク(JNR)国鉄を経て現・JR西日本JR西日本)線との貨物連帯運輸を考慮して1067㎜軌間非電化(蒸気機関車牽引)でしたが、戦後の1948年に改軌(→1435㎜軌間)と電化(直流600V→近鉄近鉄電車合併後の1969年に1500Vに昇圧)が実施されています。1924年には早くも大阪電気軌道(→近鉄近鉄電車)傘下となったものの、近鉄近鉄電車の一員となったのは1964年(その前段として1961年に信貴生駒電鉄に合併)と遅く、100年の歴史の中で近鉄近鉄電車となったのは半分よりちょっと長いぐらいです。急曲線などの存在によって近鉄近鉄電車となった後も大型の運行が困難で、18m級車体の中型車(800・820系)が運用されていましたが、1990年実施の曲線緩和実施により他の近鉄近鉄電車各線同様の大型車が運行可能となっています。1992年3月以降、ワンマン運転が実施され、現在は近鉄8000系8400系のワンマン運転対応編成(3両固定編成)が運用されています。

 

・・・と長すぎる前置きはこれまでにして本題へ(笑)。

 

田原本線は全線単線ながらも、架線柱もほとんどが門型なので、それをうまくかわせる場所はないのかというのも探すポイントでして、今回は曽我川を渡るための勾配がある箸尾駅~但馬駅間でのカメラ撮り鉄としました。では、撮影順に・・・

 

近鉄8316 但馬~箸尾間 20180408①

近鉄近鉄電車近鉄8000系8400系ク8316の西田原本行き普通

近鉄近鉄電車近鉄8000系8400系は、近鉄8000系8000系の機器配置を変更した形式で1969年から導入されました。
当初は非冷房車でしたが、後に冷房化と車体更新が実施され、一部編成では消費電力低減を図るため界磁位相制御・回生ブレーキ化を実施しています。田原本線はワンマン運転のためワンマン運転対応編成が限定して運用されています。この編成は、1972年に導入された編成なのですが、導入当初は現在と一部異なり、大阪方(田原本線では新王寺方)からモ8417-モ8466-ク8316という末尾の揃わない3両固定編成でした。導入後ほどなくしてモ8416-モ8465-ク8315の編成との間でモ8417とモ8416を交換して現行編成となっています。ワンマン運転対応編成は、田原本線専属という訳ではなく、他の3両固定編成と組合わせた6両編成を6両固定編成扱いとして奈良線や京都線・橿原線・天理線で運用されることもあります(現在、奈良線、京都線・橿原線・天理線での3両編成と5両編成の列車は設定されていません)。

 

近鉄8314 但馬~箸尾間 20180408

近鉄近鉄電車近鉄8000系8400系ク8314の西田原本行き普通

1971年に導入された3両固定編成です。このグループは台 車が金属ばね台 車に退化?しています(笑)。

この編成は今月から、田原本線開業100周年記念企画としてかつての820系を模したカラーリングになっています。ワタクシが田原本線に初めて乗ったのは1987年4月のことでしたが、その時に乗ったのが820系でした。

 

このあと、曽我川の堤防(但馬駅方)に移動します。

 

近鉄8413 箸尾~但馬間 20180408②

近鉄近鉄電車近鉄8000系8400系モ8413の新王寺行き普通

1971年に導入された3両固定編成です。

 

近鉄8309 但馬~箸尾間 20180408②

近鉄近鉄電車近鉄8000系8400系ク8309の西田原本行き普通

1969年に2両固定編成で導入された編成です。この編成は曰く付きの編成でして(笑)、1976年にモ8459を組込んで3両固定編成化されるのですが、そのモ8459は新造車ではなく1972年に発生した爆破事故の被災車近鉄8000系8000系ク8559(1966年導入)の改造車です。ク8559は元先頭車なので、方向転換の上で乗務員室を撤去して中間電動車化されています。近鉄8000系8400系は冷房化前はラインデリア車だったので、屋根が平べったいのが特徴なのですが、ク8559はそれらよりも前の世代の扇風機車だったので、近鉄8000系8400系より屋根が高く丸みを帯びているので、この写真でも中間車だけ何となく飛び出ている感があるのがわかるでしょうか?

 

近鉄8414 箸尾~但馬間 20180408②

近鉄近鉄電車近鉄8000系8400系モ8414の新王寺行き普通

ク8314の編成の反対側です。

“大”の字を〇囲みしたヘッドマークを掲げていますが、これは大和鉄道の社章とのことです。

 

近鉄8313 但馬~箸尾間 20180408②

近鉄近鉄電車近鉄8000系8400系ク8313の西田原本行き普通

モ8413の編成の反対側です。

 

近鉄8409 箸尾~但馬間 20180408②

近鉄近鉄電車近鉄8000系8400系モ8409の新王寺行き普通

ク8309の編成の反対側です。

 

このあと箸尾駅に戻ります。

 

近鉄8409&8414 箸尾駅 20180408

近鉄近鉄電車近鉄8000系8400系モ8409の西田原本行き普通㊧と近鉄8000系8400系モ8414の新王寺行き普通

両車のマルーンの色味が違うんですね。

 

近鉄8409前頭部下部 箸尾駅 20180408

田原本線ワンマン運転対応車の先頭車台 車上あたりにはスリットのような“1”のようなのが見えますが、これはホームの有無を認識するセンサーのようです。

 

このあと、お誘いの集合場所に向かいました。