ショートストーリー326 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「嬉しい。ありがとう。あなたの思いは、私の心に充分届いています」
ジュンコからの手紙には、そう書かれてあった。

ジュンコが日本から旅立って早10ヶ月。結婚の約束をしているカズトは、彼女から返信されてきた手紙を読んで喜んだ。

インターネット全盛のこの時代に、まるで昭和のカップルのような手紙のやりとり...。それは、お互いにそうしようと約束した訳でもなく、二人が自然に選んだコミュニケーションツールであった。

「日本の猛暑が嘘のように、こちらは過ごしやすいわ」日本では、ファッションメーカーで商品企画部に配属されていたジュンコ。毛織物の勉強の為に、約1年間の予定でスコットランドに滞在しているのだった。

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ジュンコからの手紙には、いつもジュンコのスナップ写真が1、2枚同封されていた。現地での実習風景や街並みなどが写されていた。

その写真を見るたび、カズトは一日も早く会いたい衝動に駆られるのだった。「ジュンコ、俺もスコットランドへ飛びたいよ...」ジュンコが湖畔で微笑む写真を見つめながら、カズトは、そう呟いた。


午後の陽射しは、一ヶ月前と比べて格段に優しくなっていた。季節は確実に、その姿を変えながら移ろいでいるのだと、カズトは思った。


「ピンポーン」その時、アパートのチャイムが鳴った。ふと我に返ったカズトは、玄関に向かいドアを開けると、宅配便であった。

「え~と、ここに、判子お願いしま~~すっ」いかにも体育会系といった感じの配達員が、爽やかにそう言った。

「はい、毎度ありがとうございます!」元気にそう言い残すと、配達員は階段を二段ずつ飛ばしながら駆け降りていった。

「いいなぁ~、あの元気。あやかりたいもんだ...」カズトは、そう思いながら、宅配されたダンボール箱に貼られている送り状を見た。

そこには見覚えのない女性の名前が書かれてあった。送り先の欄には、間違いなくカズトの名前と住所が記されていた。先払いの荷物だった為に、何気なく受け取ってしまったのだった。


「ユリコ...?俺が知っている女性で、ユリコという名前は二人いるけれど、どちらも、この苗字ではないんだよなぁ~」

カズトは、いろいろと思い出そうと試みたが、やはり完全に一致した名前の女性は思い出せなかった。。。

「まぁ、この俺宛に発送されているのは確かなんだし、とりあえず開けてみるか...」カズトは机の引き出しからカッターナイフを取り出すと、クラフトテープの部分を切って開けてみたのだった。


「な、なんだ?こりゃ...」手で持った時に、大きい箱のわりには軽いと思ったのだが、開けてみると、その理由がすぐに分かった。

大量の新聞紙が、クッション代わりに詰め込んであり、その新聞紙を手で払いのけてみると、箱の中央に10cm四方の白い小箱が現れたのだった。

カズトは、なぜか緊張した面持ちで、その小箱を手に取ると、目の前にかざしてじっくりと見つめた。

無地の白い厚紙で出来た小箱。。。耳に当ててみても何一つ、音は聞こえてこなかった。

「なに、ビビってるんだろ、俺....ただ開ければいいだけじゃん」カズトは、異様なまでに警戒している自分が滑稽に思えた。改めて気を取り直すと、ゆっくりと箱の蓋を開けてみたのだった。。。


「え?どういうこと?」カズトは、箱の中身を見ると、拍子抜けしたような口調で、そう呟いた。

箱の中には拳ほどの大きさの、どこにでも転がっていそうな石が一個、入っていたのだった。そしてメモ用紙のような紙切れが一枚、折って同封されていた。


小箱をテーブルに置き、その用紙を開いて見てみると、そこには「誰も皆、初めは原石」とだけ万年筆で書かれてあった。

「原石って、ダイヤとかルビーとかの原石ってこと?」カズトは、そんなことを考えているうちに、送り主であるユリコのことを、やっと思い出したのだった。


カズトが高校卒業後、最初に就職した会社で、経理を担当していた女性が、このユリコであった。カズトは、ユリコにひと目惚れをしたのだが、最終的には、フラれてしまったのだった。

「しかし、なんで今頃、こんな石を送って来るんだよ。。。それよりも、なんで俺の住所と電話番号を知ってるんだよ!おい!」

当時、住んでいた街から10kmほど離れたこのアパートに一昨年に引っ越してきたカズト。本来、ユリコが知っている筈がないのである。

カズトは、背筋に冷たいものが走るような怖さを感じた。10年前、実らなかった恋の相手から、突如送られてきた石のプレゼントは、一体、何を物語っているのか?

ダンボール箱に貼られた送り状に記されているユリコの住所と電話番号。。。住所には、マンションの名称らしき文字が記されていた。

「俺なんかより、いい暮らししているじゃねーか。。。当時と苗字が変わっているってことは、結婚したのか。。。いや、待てよ。当時、彼女は本当に独身だったのか?」

10年前、ユリコと同じ会社にいた時、カズトはユリコが独身だと思い込んでいたが、今、冷静になって考えてみると、ちゃんと確認したことはなかった。

「旦那と別れて、1人になった時、昔、しつこく交際を迫った俺のことを思い出して、やり直したいなんて思い始めたんじゃないだろうな?」

カズトの妄想は、水に垂らしたインクのように広がり続けた。。。

「もし、仮にそうだとしても、まず電話を掛けてくるのが先じゃねーのか?なんだよ、こんなでかい石っころを、こんなに、でかいダンボール箱で送りつけてきて!しかも、『皆、初めは原石』とか、意味分かんねーし!...ジュンコ!早くスコットランドから帰ってきておくれよ~~~!」

カズトは、頭を掻きむしりながら、そう叫んだ。

かつて、カズトが恋をして、ふられた相手が、今10年の時を経て今度は、カズトに迫りつつあった。

人の心は、まるで季節風のように、時と共に風向きが変わる。。。そして、その表現方法は多種多様であり、時に理解に苦しむ場合もある。。。

カズトは、テーブルに置いた灰色の石を見つめながら、そう思った。そして呟いた。

「これ、、、部屋のインテリアにもなりゃしない。。。。」






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