ショートストーリー318 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
日曜日の午後。大勢の人々が行き交う街の中、ユウタは趣味のエレキギターを探しに楽器店へ向かって歩いていた。

大通りを渡る為に横断歩道で信号待ちをしていると、向かい側に見覚えのある女性の姿を見つけた。ベビーカーを手に、隣りにいる夫と談笑している様子を、ユウタは、じっと見つめながら呟いた。

「君の幸せそうな顔を見て、ホッとしたよ。。。」
その女性は、ユウタの初恋の人、マリコであった。時を経た今も、その面影は、ほとんど変わっていなかった。

ユウタとマリコは、同じ高校の出身で、共にバトミントン部であった。

高校のミスコンテストで、2年連続で優勝に輝いたほどの美人であった。学業も常にトップクラスで、まさに才色兼備であった。

高二の夏、バトミントンの県大会予選で敗れた翌日、ユウタは勇気を出してマリコに告白をした。
マリコはユウタのことを嫌いではなかったが、年下ということもあり、かわいい後輩としか思っていなかった。

「そうなんだぁ。。。ありがとう。そう思ってくれる気持ちは嬉しいよ。でも今は、誰ともお付き合いする気持ちはないの。ごめんね。。。来年の大学受験のことで頭がいっぱいで...」

ユウタが傷つかないように、気遣いながら交際を断ったマリコであった。ユウタは、それでもマリコのことが好きだった。

3年生の校舎は、1、2年生の校舎から離れた校庭の向かい側にあった。その為、校内でマリコを見かける事は、ほとんどなかった。また、バトミントン部の3年生は皆、予選敗退後に引退をした為、放課後の部活動でマリコの姿を見ることもなくなり、ただ、時だけが刻々と過ぎていった。。。

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ユウタがバトミントンの秋季新人戦の為に、後輩を指導していたある日の夕方、体育館の開いた扉に、夕陽を背に受けて佇んでいる女性のシルエットがあった。

後輩にスマッシュを打ち込んでいたユウタは、そのシルエットを見つけて手を止めた。

セーラー服姿で、ショートヘアのシルエット...「マリコさん...」不思議そうな表情でユウタを見ている後輩の前で、ユウタは思わず、そう呟いた。

マリコは、気がついたユウタに右手を挙げて微笑むと、「頑張ってるね!」と、声を掛けてくれたのだった。

「今日の練習は、ここまで!お疲れさん!」ユウタは後輩に、そう言い残すと、マリコの傍まで歩いていった。

「いいの?もうすぐ新人戦でしょ?」そう気遣うマリコに、ユウタは胸いっぱいにトキメキながら、「全然、大丈夫です!」と、答えたのだった。

思いがけないマリコの登場に、ユウタの気持ちは舞い上がり、なにを喋りかけたらいいのか、迷ってしまった。

そんなユウタを察してか、マリコは優しく微笑みながら言った。

「実は、今日ここに来たのはね、ユウタ君に、あげたいものがあって...」ユウタの頬は紅潮し、わずか50cm先のマリコを直視できないほど動揺していた。

「あげたいもの?この俺にですか?...」ユウタは照れながらも、マリコの目を見つめながら訊いた。

「うん!...なんだと思う?」まるで、弟を見つめる姉のような優しい眼差しでユウタを見つめながら、マリコが言った。

「う~~~ん....分からないです。あっ、まさか!」ユウタは、何も思いつかなかったが、「分からない」と、答えるだけでは素っ気ない感じがして、「まさか!」と付け加えて言ったのだった。

その言葉を聞いて、マリコは何を思ったのか、少し頬を膨らませながら恥ずかしそうにユウタに言った。
「ユウタ君!...バカね!なに考えているの?!もう」

そんな様子を見て、マリコが何を想像したのか察知したユウタも、恥ずかしそうに言った。

「まさか!っていうのは、そういう変な意味じゃなくて、つまり、その~、思いつきのアドリブで...」

すると、そんなユウタと自分が可笑しく思えて、マリコは急に笑い出したのだった。ユウタも釣られて笑い出した。

「あはははっ」

「ははははっ、うふふ」

すると、マリコは鞄の中から、綺麗な包装紙で包まれたリボン付きの小箱を取り出し、真面目な顔をしてユウタに差し出した。

「はい!これ、旅行のお土産!先週末に家族で伊豆に行って来たの。。。箱、開けてみて!」

ユウタは、お土産が貰えることよりも、旅先でも自分のことを忘れずに思ってくれていたマリコの気持ちが、たまらなく嬉しかった。

ユウタは、包装紙を不器用に取り払うと、小箱の蓋をゆっくりと開けた。箱の中には、様々な貝殻を繋いで作られたネックレスが入っていた。。。

「うわっ~!綺麗...貝が反射して、いろんな色に変化してる!...ありがとう」
ユウタは、ネックレスを首に掛けると、手にとって眺め喜んだ。

「喜んでくれて良かったぁ。。。そのネックレスね、幸運のネックレスって言って、なにか大切な事がある時に、そのネックレスを手で触れてお願いごとをすると、物事が、うまくいくんだって!」

マリコは、喜ぶユウタを見つめながら、そう話した。


「じゃぁ、このネックレス、マリコ先輩に告白する前に貰っておけばよかったなぁ。。。そうすれば、願いが叶っていたかも」

すっかり緊張が解けたユウタは、無邪気に微笑みながら、そう言った。そして、言った後、自分の言葉に照れてしまうのだった。

そんなユウタを、マリコは少し哀しげな瞳で見つめながら微笑んでいた。。。



あれから、15年。。。。

信号が青に変わり、夫と共に、マリコがベビーカーを押して横断歩道を歩き出した。その優しげな微笑は、昔と変わっていないように思えた。

大勢の人々が一斉に歩く横断歩道で、マリコは、ユウタに気づくことなく擦れ違っていった。。。


「マリコさんが、ずっと幸せでありますように....」

ユウタは、シャツの襟元に手をやり、あの時以来、毎日身につけている貝殻ネックレスに触れると、そう願ったのだった。。。。





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