温故知新!やっぱり城が好き!

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女子目線の城攻め日記

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暑い~熱い~週末、金沢城の西内総構から金沢城を巡ってきました。

土の城も大好きだけど、町中に残る堀や段差を見るのも結構、想像が限りなく膨らんで楽しい。

なんてたって、今回は城郭研究の大先生がついてきてくれている。

何度も足を運んでいる金沢城だけど何か新しい発見がありそうでめちゃめちゃ楽しみにしていた。

どんな仕掛けがあるのかもう~ワクワクが止まりません。

まずは、かっては金沢城への唯一の虎口であっただろう金谷出丸(現尾山神社)から西内総構を

巡る。内総堀は関ヶ原の前年にあたる慶長4年前田利長によって築かれている。

また慶長15年~16年にかけて富山城に隠居していた利長に代わって3代利常の元で外総構が造成されている。利長はその前年にあたる慶長14年に高岡城を約半年で築城。明らかに慶長19年に勃発する大阪冬の陣を想定しての築城、造成だったのであろう。大がかりに財政を投入しての築城、造成は加賀藩の緊張感を十分に伝えてくれる。と同時に緊張感が伝わってくるような遺構にすっかり時間が逆戻りしているような感があり、もう~たまらない感じ!

そして金沢城は石垣の博物館と言われるほど、石垣が有名だけど、土塁も同じくらい凄い!白鳥路はとっても好きなスポットだけど、堀底だからね!土塁は10m以上はゆうにありそう~石垣よりも土塁の方が臨場感があるような気がする。なんか伏兵が居そうな感じがありあり!!

そして石垣である。石垣の年代を読み解くキーワードは

①石が切りそろえられているか?②算木積の長短がそろっているか❓1:2ないし1:3 ③矢穴があるか?④刻印があるか?さ~て推理の準備がそろった♡縄張図片手にさっそく歩いてみようっと!

いざ金沢城へ!!

西内総構の堀を見下ろす

枡形を意識している。堀底に向かってめっちゃ横矢が掛かるやん!高低差10mくらいはあるのかな?

金谷出丸を巡る土塁10mくらいはありそう

丑寅櫓跡、礎石はあるし、隅石には柱が立っていただろう、「ほぞ穴」も、建物が建っていた十分たる証!

そしてここに立つとよ~くわかるのだが石川門にばっちり横矢が掛かるやん!もう~もう~たまらないんですけど(笑)もしかして天守閣があったのかな?と想像が膨らみます!

辰巳櫓石垣、上段、中段、下段の算木積が明らかに違うんだよね。石の粗石加工もちょっと違う感があり、改修を重ねたことがよく解る!当時は22m城内随一の高石垣だったんだって!

丑寅櫓跡の石垣、角の算木積がバラバラな様子がよく解る。粗石の野面の感じも凄くいい!城内で最も古く文禄元年の石垣だと伝わる。しかし高さは近くで見ると圧巻。20mくらいはゆうにありそう。前田家凄いぞ!

 

 

 

 

 

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