(サイカチ物語・第三・藤沢野焼き祭り・24)

                 十八

 美希がよさこいソーランを練習する間、俺は図書室に参考書を持込んで勉強した。それも昨日で終わりだ。今日は昨日に続いて三十四、五度の猛暑の天気予報だ。俺の部屋から見える空は雲一つ無い。青空の下で町全体が朝からざわついているだろう。

 家の前の道を通り町に向かう宮城(県)ナンバーの車の数もバイクの数もいつもより多い。熊谷と約束した時間に間に合うように午後三時半には家を出よう。それまでは机に向かおう。今日、美希を藤沢野焼き祭り会場に送迎するのは小父さんと小母さんの役目だ。

 

 熊谷と約束した午後四時ちょっと前には特設会場となっている藤沢中学校のグランドに着いた。隣の千厩町に抜ける国道四百五十六号線の道路沿いに建てられた「第三二回藤沢野焼き祭会場」の大きな立看が目立つ。その右側の空き地に消防車が一台停まっていた。

 会場入口付近で配る人の渡すままに、「縄文の炎」と表紙にある冊子を受け取った。入口に立つと右側は今年も消防団の詰め所だ。反対側の左側にはいつもの年と同じように売店ブースが軒を連ねている。その先の左側には弧を描くようにしてイベント用の特設舞台が設けられ、その左右は音響装置や照明機材が据え付けられた鉄パイプの(やぐら)だ。

 

 幅百メートル奥行き五十メートルはあるだろう、グランドの真ん中には六角井桁に積み上げられた材木だ。太さ約二十センチ、長さ約三メートルもある材木が十五段ほどの高さに積み上げられている。その井桁の中には製材の際に出るバタ材(材木の切れ端)が小山のように積まれている。後でボンボン燃やされる縄文の炎の櫓だ。

 それをコの字型に取り囲むようにして十メートルは離れているだろう、そこに各自治区の窯が十数基造られてある。

 手にした冊子の会場案内図を見ながら確認した。各々の窯を目の前にして囲むように各自治区のテントが張られている。会場入口のすぐ左が徳田地区、新沼地区のテントが有り売店が続いている。 

 右回りには消防団の詰め所に続いて黄海、藤沢、大籠、保呂羽の各地区のテントだ。その自治区のテントとテントとの間には出品作品の多い障害者施設や参加者の多い藤沢病院、藤沢中学校などの団体のテントも設営されている。

出品作品の多い地区はテントの数も窯の数も複数になっていた。

 会場入口とちょうど反対側の正面には町の外から作品を出品した人達のためのテントが有り、来賓、審査員等のゲストに当てられたテントと、祭り実行委員会本部のテントが並んでいる。(別掲22「縄文の炎・藤沢野焼き祭会場」)

 俺は熊谷が手伝っているはずの藤沢地区のテントに向かった。待ち合わせの約束の場所だ。熊谷は藤沢地区の焼き窯の一つにとりついていた。

「やあ」。

 俺に気づいて先に合図をしてきた。彼は挨拶をしたが手元は窯を相手に動かしている。

「何時に来た?、何時から手伝っているの?」。

「何時ものことだ、今日は朝の窯造りから参加している」。

「えっ」。

 俺はいつの年も祭りの夕方のイベントが始まる頃からの会場入りだ。まじまじと窯を身近に見るのは初めてだ。窯と言うから洞穴式をイメージしていた。しかし、そうではなかった。俺の質問のままに熊谷が教えてくれた。

「窯は底地が五十センチ程盛り上げられていて、作品を並べる空間が深さ約六、七十センチ、幅約三メートル、長さ約七メートル

 はある」。

 屋根は無い。周りを台形の土手状に土を盛っているから外形で見ると窯の高さは一メートルを超えているだろう。幅も長さも熊谷の言うよりも更に一メートルは大きく見える。大きな窯だ。その土手の四隅と中央部の左右には十センチぐらいの隙間が切られていた。

「あれが、空気を送る穴だ」。

 熊谷は、野焼きをする作品の窯入れを午後一時から始め、今、窯に並べているもので終わりだと言う。

「作品を良く焼き上げるためには底地への接着部分を少なくして作品を並べるのがコツだ」。

 彼が作品を並べている窯の中を覗くと、先に焚かれた藁が窯の底地に灰となって敷き詰められていた。熊谷は大きい窯の方の藁を焚きながら、小さい方の窯に作品を並べるのを手伝っていたのだった。

「今並べているものは小物だ。ユニークな土器や土偶、壷、花瓶、皿、お椀、湯飲み、それにウサギや犬、猫、イルカ等の飾り物

 が多いね」。

 熊谷が大きい方の窯に藁を足す。煙は一瞬にして、藁が赤々と燃える。窯は大きな造りの埴輪、大瓶、人面などを入れて最初に藁焚きを始めたのだと言う。藁灰が作品の上に五センチから十センチ積もるようにするのだと説明した。

 窯の底地にも藁灰、各作品の上にも藁灰。半端じゃない。かなりの量の藁を燃やし続けていた事になる。藁の灰が出品作品のひび割れを防ぎ、炎との間のクッションの役目を果たすのだと言う。俺は窯の中が高温になればそうなるだろうなと思った。