私 33歳
夫 37歳
結婚6年目
・タイミング法 3回(自己は除外)
・人工受精 4回
①体外受精
採卵→3個
受精→2個
凍結胚盤胞移植→2回
繋留流産→2回
BT 47(9w5d)
2~3日前から少量の茶オリあり。
こんな感じで少しずつ出ていくのかな私は出血が少ないタイプなのかな
なんて思っていたら、夕方から激しい腹痛が、、、
本当に何とも言えないひどい痛みで、会社で仕事をしながらひぃひぃ。
席に座りながらふぅふぅ。
たまらずトイレに籠るが、痛みは変わらず軽くパニック
出血も多くなり、拭いても拭いても血が止まらず、パンツをはくタイミングが分からない
終業間近だったので、どうやって帰ろうか必死に考える。
痛すぎて歩いて帰れない、、、かといって夫は仕事中、、、
あっ!そうだ実家に帰ればいいんじゃんそれで、駅まで迎えにきてもらって・・・
いやいや、落ち着け。
実家より、自分家の方が遥かに近いわ。
よし!
自力で帰ろう。。。
打刻して、着替えてる最中に、ぶりゅぶりゅ、、、と血の塊が出てくる気配が
早く帰らなくては!と、まだパニックになりながら急ぎ電車に乗る
ラッキーな事に、座席が空いていたので遠慮なく座る
お腹が痛いんだよぉぉぉぉ。と心の中で絶叫
座ってる間も、何かがぶりゅぶりゅ出ているる感覚。。。
乗り換え駅に着いて席を立った瞬間、更にぶりゅぶりゅが
(さっきから、汚い表現連発ですみません)
長年の経験で、もはやナプキン1枚で抑えきれていない股関の感覚
急いで駅のトイレに駆け込む
トイレに入り、下着をおろし、便座に座った瞬間、ドボドボドボ――ッ‼‼と、手の平大くらいの大きさの血の塊が、恐らく10個以上流出
便器は血の海。
洋服は、ナプキンと下着で抑えきれなかった出血で、これまた血の海。
通りすぎた人、きっとビックリしたよね
ただ、この血の塊達が出たことによって、お腹の痛みは嘘のように軽くなり
これならイケると思い、血まみれ洋服のまま、再び帰路につく。
(もう、周りの事とか考えている余裕ありませんでした)
ひとまず無事に家までたどり着き、血まみれだったのでシャワーを浴びる。
シャワー中、最後の一仕事とばかりにまたまた大きな塊が綺麗に出てきたので、思わず手ですくってじっくり観察
きっと、赤ちゃんは、駅のトイレで産み落とされて、そのまま流されてしまったんだろうなぁ。。。と、なんだかすごく申し訳ない気持ちに
どうしようもなかったんだけどね。
この頃には、お腹の痛みもほとんど無くなったけど、念のため横になって夫の帰宅を待つ
茶オリが出始めた位に病院には連絡していて、元々翌日には診察予定だったので、特に連絡もせずに、次の日直接先生に伝えました
中も診察してもらいましたが、綺麗に出てるから問題ないね。との事でした
ベビちゃんが天国に帰るまで、毎日お腹に話しかけてきました。
毎日お祈りしてきました。
少しでもベビちゃんの力になればいいなと思って、食事にもすごく気をつけていました。
先生に成長が止まっていると言われた日から、私の心は壊れてしまったように、ただ涙しか流していませんでした。
夫が一生懸命何かを話しかけてきてくれても、
「そうだね」、「うん」
この2つしか返していなかった気がします。
家にいるときはどこかを眺めながらずっと静かに涙を流している。
それに気づいた夫が一生懸命涙を拭いてくれる。
笑わなくなった。
いつもは話題なんて考えなくても、ずっと2人でお喋りしてたのに、会話がなくなった。
夫は、気を紛らわそうと一生懸命話しかけてくれるんです。
ただ、私が返せなくなってしまった。
夫だって辛いのは知ってる。悲しいのを我慢しているのも知ってる。分かってる。
ただ、周りの人の気持ちを思いやる気力が、今の私にはない。
そんな毎日が1週間以上続きました
ある日、どういう流れでそうなったのか覚えてないけど、夫に腕を軽くくすぐられて、キャハハッと笑いました。
それだけです。
でも夫はその瞬間、すごく強い力で私を抱き締めて、震えながら泣いていました。
私が笑ったところを久しぶりに見たと。
それだけで、なんだか泣けてきてしまったと。
ごめんね。と言いながら涙を流す夫を見て、私は一気に現実の世界に引き戻されました。
今までどれだけ自分の世界に閉じ籠っていたんだろう。
どれだけ夫に心配をかけていたんだろう。
ごめんね。ごめんね。と言いながら、私も一緒に泣きました。
そこからは、急に心と頭が1つになったようなクリアな感覚になり、憑き物が落ちたかのように心が穏やかになり、流産という現実もストンと受け入れることが出来ました
流産後は、気分転換にドライブに出かけて、たっくさんお喋りして、たっくさん笑いました
私よりもっともっと辛い体験をしている方がいるのも知っています
それくらいでヘコタレてどうする!と思う方もいるかもしれません
ただ、私にとっては、初めて授かった大事な命で、かけがえのない大切な存在でした
弱いとか強いとかではなく、ただただ全てにおいて、経験が足りなかったんだと思います。
名前もないまま空に帰ってしまったので、後からですが、❬壱さん❭と名付けました
この経験で、辛い思いも悲しい思いもたくさんしました。
毎回診察に行く度に、思うように上がらない数値に涙してました。
ただ、壱さんが教えてくれたことは、たくさんあります
夫婦の絆も、前よりさらにさらに強くなりました
色んな事を経験して、ひとまわりも、ふたまわりも、大きくなった気がします
今は、少しの間でも、お母さんにならせてくれた事への感謝と、人として成長させてくれた壱さんへ、ありがとう。という気持ちでいっぱいです
また、いつか会える日を夢みて、、、
長いお話に付き合ってくれて、ありがとうございました
流産という経験は、もちろん辛い事ですが、折角巡り会えた命
私のように苦しんでいた人も、辛い気持ちだけで終わってほしくないな、と思い、文章にしました
辛い思いをしている方の心に、少しでも寄り添えたら幸いです