『笑う男』  『目くらましの道』  刑事ヴァランダーシリーズ3  ヘニング・マンケル | ミステリ好き村昌の本好き通信

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 『笑う男』  刑事ヴァランダーシリーズ

 

 第4作【笑う男】は、ヴァランダーの友人の父親が死に、その捜査を依頼してきた友人自身も殺害される事件から話が始まる。

 しかし、その時ヴァランダーは休職中で、警察をやめようとしていた。(前作で彼は、正当防衛とはいえ、初めて犯人を射殺しており、その罪悪感にさいなまれていたのである。)

 

 復職した彼の日常生活にも変化が生じた。父は家政婦と再婚し(第3作)、娘はストックホルムに部屋を借り、専門学校に通いはじめた。

 また、職場には、初めての女性刑事フーグルンドが赴任する。(彼女はこの作品から登場し、ヴァランダーの片腕となって、活躍する。)

 

 1年半の休職で、捜査のカンが鈍りがちな自分に悩みつつ、ヴァランダーは、事件の真相に迫る。

 ラスト50ページくらいは、アクション映画にしてもよいほどの面白さである。(状況が目に見えるような描写である。)

 

 

 『目くらましの道』

 

  第5作【目くらましの道】はCWAゴールドダガー賞(英国推理作家協会の最高賞)を受賞した。と言っても、この作が他の4作に抜きん出ているということではなく、『ヴァランダーシリーズ』全体の完成度に対する贈賞だと思う。

 

 スウェーデンの人々が、一年で一番楽しみにしている夏至祭(6月21日ころ)から始まる夏季休暇の直前に事件は起こる。

 まだ十代前半だと思われる少女の、菜の花畑での焼身自殺と、日をおかずして発生する法務大臣の、斧で背中を真っ二つにされた後、頭皮をはがされて殺害される猟奇事件の発生!

 この二つの、一見無関係な事件が、最後に一つの事件として収斂していく過程の丁寧な描写と、ほどよく所々に織り込まれるヴァランダーの私生活と日常の日々(文中で彼は、自分自身の強さを、辛抱強く洞察力がある点。弱さを、職業的責任を個人の心配事にしてしまう点。だと述べている。)

 

 家族や愛する人、同僚や友人等との交流‥‥。わかりやすく淡々と主人公や登場人物たちの思いを言葉にするマンケルの筆致は的確である。

 また、北欧の季節感や風土を的確に描く、情景描写の繊細な美しさもまた絶妙である。風土がその土地に生きる人々の、心身に与える影響の大きさを改めて考えさせられた。

 猟奇事件の真相のやるせなさには、読んでいる側の自分も暗澹たる思いであった。

 

 マンケルはヴァランダーの口を借りて、「この世界は、どんどん悪いほうに向かっている。」と、現代人の心のすさみようを嘆いている。

 エピローグとも言うべき、ラストの章では思わず落涙した。悲運の中、自ら命を絶った少女の心情を思って、心が痛んだ。と同時に、悲しみを分かち合うことのできる他人がいること。日常生活の屈託や苦しみを話すことができる相手がいる幸せも感じた。

 今までの5作の中で最高のラストシーンであったと思う。(やっぱりこれがゴールドダガー賞に輝いた理由かもー)

 

 これからもこのシリーズを読まずにはいられない。