3時間目もこんな調子で切り抜ける以外ないよねだったが、おかげですっかり眠気が覚めた。いよいよ待ちに待った音羽時次郎の授業なのだ。
気合いを入れた途端「フンッ!」と鼻が鳴った。
「随分と気合い十分じゃない」隣のふみが笑いながら、話しかけてきた。
「でも、よねちゃんの気合いもサッちゃんには負けちゃうかもよ。ほら……」
そう言いながら、真ん中より廊下側、前から2番目の席を指差した。
ふみに言われるままそちらを見ると、そこにはきちんと姿勢を正して黒板をジッと見つめているサチの姿があった。
「ちょっとサッちゃん、緊張しすぎじゃない? カチンカチンよ! あれじゃあ、また祝賀式典の時みたいに気絶しちゃうかも」
「そうなったらそうなったで、また面白いじゃない」
「ちょっと、ふみちゃん、なに無責任なこと言ってるのよ」
そうは言ったものの、もしもそんなことがおきたらと想像するだけで、よねはおかしくなってくる。
それにしても、みんな静かだ。1時間目が始まる前は、確かにみんなウキウキしていると思っていたのだが……。
銀幕のスター、音羽時次郎が先生としてこの学校に、それもこの教室に来てくれるということに、みんな緊張しすぎて、硬くなっているのだろうか?
今朝の夢で老人からあんな使命を言い渡されていなければ、今日のこの授業をきっとワクワクして待っていただろう、とよねはふと思った。
「なんだか、みんな静かねぇ。緊張しすぎちゃってんのかしら」
「あらっ、よねちゃん知らないの? 今日のこの授業で明日のスターが決まるかもしれないのよ」
「ええっ! 何それ?」
「あっ、そっか! ごめん! 私、よねちゃんにまだ話してなかったんだわ」
ふみは大袈裟によねに手を合わせる仕草をした。
「昨日、私とサッちゃん掃除当番だったでしょ。それで一緒に帰った時にサッちゃんから聞いたのよ」ふみはそっと、よねに囁くように言った。
「実は、今日の音羽先生のこの授業が明日のスターを見つけるための隠れオーディションになるかもしれないんですって」
「何、その隠れオーデンショって?」
「違うわよ、隠れオーディションよ。つまり、このクラスから新しい子役の映画スターを見つけるためのテストをするらしいのよ」
「ええっ! 本当?」
よねは自分でもわかるくらいに切れ長の目が大きくなった。
「しっ! 声が大きいってば……」
「だって声が大きいって言っても、みんな知ってるんでしょ? そのオーデションのこと」
よねはおかしくなって笑った。
「あっ、そっか。……まあ、いいわ。それでね、何でそういう話になったかって言うと、音羽時次郎主演の次回作が発表になったんですって。……その、次回作って何だと思う?」
相変わらず、ふみちゃんの話はあっちこっち飛ぶなぁ、と思いつつよねは知らないわ、と首を振った。
「それがさ、いま大人気の『黄金バット』なんですって。もう今から、楽しみだわぁ」
ふみは、両手のこぶしを胸の前でぎゅっと握り、天井をうっとりと見上げた。
「ちょっと、ふみちゃん! それでどうしたの?」
「あっ、ごめんごめん。それでね、その次回作の発表が一昨日、大東映画であったんですって。だから音羽先生、始業式に出席できなかったのね。そして、その会見場で重大発表があったのよ」
ふみは何だと思う? とよねに顔をジッと近づけた。
「もう、じらさないで、早く教えてよ!」
「音羽先生主演の次回作が『黄金バット』と決まっているのに、クランクインがいつになるか発表がないんですって」
「何よ、そのクランキーって?」
よねは老人との夢の中でも知らない言葉がたくさん出てきたし、ふみちゃんまで……! もういい加減にしてよ! と、だんだんイライラしてきた。
ワカバのよもやま話コーナー
(100)
プロポーズで片膝をつくんだねぇ💝
かっこいいねぇ✨
「およねさん」
今回の主な登場人物…
土志田(どしだ)よね…この物語の主人公。土志田家次女。朝美台(あさみだい)尋常小学校4年生。まだ自分にもわからない未知の能力を秘めている切れ長の目を持つ10歳の女の子。
平山 ふみ …よねの同級生。鼻ぺちゃのお喋りで明るい性格。
(ブログは毎週火曜日0時2分に更新予定です)