惣八は、辰五郎たちに深々とお辞儀をして帰って行った。
そんな惣八のうしろ姿がとても小さくよねには感じられた。
惣八の姿が見えなくなるのを確認してから、きせがそっと戸締りをした。
きせは居間に上がるなり、きちんと正座をしてみんなの労をねぎらった。
三人の兄は、手を洗うなりおにぎりを両手で持ってぱくつき始める。
四人とも、手を洗ったというのに、手の平が真っ黒で、洋服がところどころ泥がついたように汚れている。
麻美が「何でそんなに汚れているの?」と健司に聞いた。
2階で幸司を寝かしつけていた麻美がいつの間にか下りてきていた。
「だってさ、塀の隙間から、用水路の中やどぶの中だろ。それに商店街すべての店の縁の下……、ありとあらゆる所に潜り込んで捜したからさぁ。……フーッ、疲れたぁ」
「しかし、不思議だなあ。一瞬にしてその場から消えちゃうなんて……!」
あっという間に4個目のおにぎりを食べ終わった裕司がつぶやいた。
「いや、まったくだ。これは、人さらいというより神隠しだな」
正司はすでにおにぎりを食べ終わり、タオルで体を拭きながら言った。
「よねも麻美も気をつけるんだぞ! 変な人に連れて行かれそうになったら、大声を出せよ!」
おにぎりを食べ終わった健司が、濡れタオルですすだらけになった顔を拭きながら言うと、よねは麻美の手を握りながら、大きく頷いた。
辰五郎は、というと「うーん」と大きなため息を一つつきながら、座椅子にもたれた。
「お父さん、大分疲れたんじゃないですか?」と聞く正司。
「いや、大丈夫だ……」
辰五郎はそう言って、少し間を置いてからつぶやいた。
「どうも、さっきの親方の態度が気になるんだ」
親方とは惣八のことだ。
「えっ! というと?」
正司が何か進展があるのか、という期待感を持った顔をしている。
「うん……、私と親方と二人で商店街からちょっと離れた路地裏に入った時のことだ。親方が急に誰かを見つけたような顔をしてな……、こう言ったんだよ。『あっ、あいつ!』ってな 」
「それってもしかして、犯人らしき人を見たっていうこと……?」
健司が濡れタオルを膝に置き、気色ばんだ。
「いや、私もそれを期待したんだが、親方は何でもない、とそうひと言言うだけなんだよ。ああいう時だからなあ、ちょっとしたことでも何かの手掛かりにならないかと必死だからな。いつも落ち着いてる親方が見当はずれなことを言うのは仕方がないかもしれんよ」
辰五郎は、あさが入れたお茶をすすった。
すると、「あっ、いけない。言うのを忘れてた」と突然大声を上げる祐司。
「なんだい、この子は急に大きな声を出して!」見ると、声に驚いたきせが、尻餅をつきそうになっている。
「よねと麻美に連絡だ。明日は、小学校が臨時休校になった。さっき、そこで自警団の有田さんに伝えてくれって頼まれたんだ」
この頃は、電話があったといってもまだまだ普及はされていなかった。
よねのクラスで、電話がある家といえば、サチの家とあとは数えるほどしか持っていない。
だから、その地区の連絡委員に学校からの伝言が届き、各家庭にそれを伝えに歩いて回っていた。
今日は、何かの都合で連絡委員ではなく、自警団の班長のところへ伝言が届いたのだろう。
ところで、学校が休みと聞けば、いつもなら大喜びするよねと麻美だったが、今日ばかりは二人共浮かない顔をしている。
逆にこういう時だからこそ、友達に無性に会いたくなるものだ。
(ふみちゃんやさっちゃんはどうしてるだろう? ……ふみちゃんのことだから、きっとまあるい鼻をヒクヒクさせて、あっちをウロウロこっちをウロウロと慌てふためいているかもしれない。たぶんサッちゃんは、どんな時でも冷静だから、この事件について何か調べているかも。
……今日は、せっかく坂口君とも仲良くなれたのに……。横浜にいれば良かった、変な所に引っ越してきちゃったなんて思ってないかしら)
よねはそんなことを考えながら、無理だとは思いながらも、きせに聞いてみた。
「お母さん、明日、ふみちゃんやさっちゃんに会いに行ってもいい?」
「何を言ってるの? この子は! いいわけないでしょう。明日は家でじっとしてなさい!」
母親と娘がそんな話をしているそばで、男性陣は自分たちが知る限りの情報を話し合っていた。
今回の事件は、昨年から世田谷で発生している「人さらい事件」と類似しているのか?
確か今までに五人の子供たちが行方不明になっているが、まだ一人も見つかっていないのか?
何よりも、一瞬にして消えてしまうなんて、一体どんな方法でさらって行くのか? などなど話は尽きなかった。
「今日は遅いから、よねも麻美ももう寝なさい!」
時計の針を見ながら、辰五郎が言った時だ。
店のガラス戸を「ガンガン、ガンガン!」とけたたましく叩いている人がいる。
「土志田さん、土志田さん!」と呼ぶ声からすると、自警団の班長、有田さんのようだ。
「はい、今開けますので、お待ちください」
きせが慌てて、鍵をはずしてガラス戸を開けると、待ち切れないとでもいうように、有田さんが血相を変えて飛び込んできた。
「どうしました!」
辰五郎もこれはただ事ではない、とすぐに玄関先へ出て行った。
「いや、土志田さん、驚いちゃいけないよ」
有田さんは息を切らしながら、畳み掛ける様に言った。
「朝美台の先生が……、今回の事件の重要参考人として警察にたった今連れて行かれた!」
ワカバのよもやま話コーナー㊿
物置のタンスからこのようなお金が出てきました✨
「天保通宝 」と書いてあります
こちらは「寛永通宝」と書いてあります
両方とも多く出回っているようで、価値的には低いみたいですねぇ
第10章「疑惑の教師」⑦ へつづく