平成天皇がまだ皇太子だった昭和51年7月に・・
下呂温泉・湯之島館にご宿泊された。。
この時、夫は幸運にも ・・ 湯之島館で板前修業中だった。。
彼との結婚が決まった時、「俺、美智子さまと間接キスしちゃった」と嬉しそうに言っていたっけ(笑)
その一年後、私は下呂にいる彼を訪ね、
彼お勧めの上高地に足をのばした。。
後ほど、彼から送られた来たのが左側の写真
貴女と会ったのが五月
七月、河童橋の上に二人いる
不思議ですね
こんど写す時は
もう一つの僕達の顔があれば ・・
なんて考えています
そう書かれていた。。。
おぉぉ~~ なかなかロマンチックな人じゃん(笑い) そう思ったっけ!
手紙が苦手な割には、何通か送ってきた。。
ある時は・「僕が書くと、こんにちは ・・ さようなら」 となってしまうんです、と。。
今読み返しても、笑える。。。
「人生の戒めの詩」なんですと、森繁久弥さんの詩を引用していたな。。
見た目の風貌とは異なり、シャイで優しい人だった。。
下呂温泉での修業期間は、長かったわけではないのに・・
そこでの生活が余程楽しかったのだろう。。
40年を経た今でも交流が続いていた。。
今回、下呂の方が夫の死を知ったら
さぞかし驚かれると思う。。