ブログの休止

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1ヶ月の間、一人の有権者として、一人の無党派層として、今回の衆院選を見つめてきました。ここでひとまず締め括りとし、筆を置こうと思います。


これまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました。


夏の夕立のように降ってわいた解散劇でしたが、ブログを通じて無名の有権者にもできることがあるのではないか、という思いから始めました。過去の選挙では投票日までただ一人で考えるだけでしたが、ブログによりこれまでより深く考えることができ、また、他の人の意見に触れることもできました。やってみて良かったと素直に思います。


アメブロからもタイムリーに、トラックバックステーションブログリサーチ という形で意見交換しやすい場を設けていただいきました。こういった機会のおかげで、コメントやトラックバックをいただくチャンスも増えて、ブログの良さが出たと思います。様々なお題目について考えることで新たなアイデアも浮かんだように思います。


ここは休止しますが、日本人として生活する以上は政治との関わりは途切れることなく続きます。今回の成果を受け、次の一手を考えて新たな試みを始める時も遠くないと思います。有権者が選挙の時だけでなく、もっと日常的に議員と対話しなければいけない。日頃から対話をしていないから、いざ選挙になっても対話不足のまま終わっていった。今回の選挙で一番の不満はこれでした。ブログにできること がありそうです。機会がありましたら、またお会いしましょう。


最後になりますが、本文中では原則として「公人は敬称略」で記事を書いてきました。これが強すぎる口調に感じたり侮蔑感を感じる方もいたかもしれません。私としては、政治家や候補者は私より遙かに立派で責任ある人たちだからこそ、その人たちを公平な目で批判するための敬称略だと考えます。個人に対する誹謗中傷ではなく公人として、その行動や発言を批判した、あるいは応援したつもりです。

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民意とは? 」という漠とした命題に、私なりに答えてみる。


民意とは、あなたが欲しいもの。政治に何をして欲しいか。国家に何をして欲しいか。政治家に何をして欲しいか。


みな好き勝手な思いを持つはずだ。工事を持ってこい。補助金をくれ。保育所が欲しい。年金をくれ。税金を安くしろ。国家は国民を幸せにするための機関だから、国民が望むものを合理的な範囲で実現することが国家の最大の目的だと思う。この「合理的な範囲」を多数決で決めようというのが民主主義だ。


欲しい服を選ぶときどうするか。日本人の成人を20~30代、40~50代、60以上の3グループに分ける。それぞれを男女別にして、6グループごとに平均サイズを出す。各グループが好みそうなデザインと色を一つだけ決めて、合計6着(グループごとに1デザイン1サイズ)の官製洋服を用意する。「さあ、この6着の中から、どれでもお好きな洋服を1着だけ選んでください。」


こんな回り道をして服を選ぶ人は今の日本にはいない。多くの人が、「好みの服がない。合うサイズがない。」と文句を言うだろう。だが選挙の投票では一部例外を除き、この服選びと同じことをやっている。だから選挙に行かない人がいる。


日本の行政は、官僚や政治家が「これが農業従事者の理想的姿」「これがサラリーマンの理想的な生き方」といった「平均の民意」を先に決めて、それを国民に提示して選ばせる、という政治を続けてきた。マイカーを持とうとか、マイホームを持とうなどといった、わかりやすい共通の目標を出せれば、行政はやりやすい。しかし今や全国一律に国民が持てる共通の目標などない。一方で地方には、「国税をこの地域に還元します」というわかりやすい目標が残っている。地方での政治家の選挙活動には、全国放映に差し支えのない国民向け美辞麗句と、地域限定オフレコの地区有権者向けのわかりやすい「約束」との2通りがあり、「平均の民意=全員の幸せ」となる地区と「平均の民意=誰の幸せでもない」地区とのねじれが生じている。概して投票率の高い地域は前者であり、投票率の低い地域は後者なのだろう。


先の服選びの例はそれほど非現実的ではない。大量に同じものを作って安く売る商売では似たような状況だ。ファッションに無頓着な人が多い場合には、この方が儲かるし効率的だ。しかし今の日本では幅広い年代でファッションにこだわりを持つ人がいるので、数少ないデザインや自分だけの組み合わせや体型に合うオーダーメイドを求める人が多くいる。「私だけが欲しいもの」を主張する。そのため少量限定生産の方が儲かるし無駄も少ない。消費者の求めるものが一律なら大量生産が相応しいし、好みが多様化すれば判を押したような大量生産は不要になる。大工場から、小規模でも腕のいいショップへの移行が生じる。


日本人の生き方はすさまじいスピードで多様化している。価値観が多様化したとき、「これが日本人の理想的な一生」という官製の民意は意味を持たなくなる。もはや昭和30年代のような大量生産型の行政は役割を終えた。政党がかかげる「民意」にも、肥大化した行政にも、労働組合が語る労働者の権利にも、多くの日本人が疑問を持っている。「私が欲しいものと違う。」と。


漠然と疑問や諦めを持っていた国民が、「郵政民営化に賛成か反対か」というわかりやすい民意の示し方を提示されて目覚めた。これが今回の選挙の一番大きな意味だったのではないか。これまで官製のユニフォームしか着てなかった人が、いきなりデザイナーズブランドの服を手にして驚いた。それが好みに合ったかどうかはわからない。しかし一度覚醒した人は、次にもっと自分の嗜好に合うものを探すだろう。


自民党小泉は国民が手にとってみようと思う「郵政民営化」を提示するのに成功した。民主党岡田の提示した「年金」は旧来型の官製民意の域を出ず、国民の興味を引かなかった。労働組合が国民をとりまとめられる時代は終わったのだから、労働組合が納得する平均民意がそのまま国民に通用すると思ったのが間違いだろう。


政治に詳しい学者さんたちが「馬鹿な国民にも理解しやすいものを示した小泉の勝ち」と言っているのと、ここで私が言おうとしているものは根本的に違う。私はもっと商業的な目で見ている。消費者(国民)のニーズの変化を読み、製品に反映させたのが小泉で、消費者ニーズを汲み上げ損ねたのが岡田だと思っている。


参考記事


政治は簡単か複雑か
政界再編成が来るか
民主党の次の一手

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小泉の次に来るもの

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大勝した自民党は、勝利の喜びと同時に恐怖を感じているのではないか。


議員には任期があり、必ず次の選挙がやってくる。次は郵政民営化というわかりやすいキャッチコピーも無いし、頼みの小泉もいないだろう。今回の選挙で票読みが大きくはずれたと思っているのは自民党自身ではないだろうか。なぜこんなに集票できたのかわからない。どんな人たちが投票してくれたのかわからない。それが正直なところではないか。


なぜ勝てたのかわからないという気持ちは、次回負けるかもしれないという不安を呼ぶ。勝利を喜びつつ、早くもアフター小泉への不安があることだろう。勝ったとはいえ僅差の選挙区が多かった。投票率があと3%違えば逆転した選挙区も多い。地盤の力は100%間違いないと言われた亀井王国を、堀江があと一歩のところまで追いつめた。支持基盤・無党派とも投票行動が読めなくなっている。


郵政民営化造反議員の逆パターンもあるだろう。内閣がマニフェストに反する動きを見せたとき、マニフェスト遵守派議員が造反する可能性もある。今回の選挙結果は有権者が公約重視をしていることの表れと見ることもできるので、下手に公約と違うことをするとすぐに結束が崩れるかもしれない。次の選挙にしても、マニフェストの出来不出来によっては、今回とまったく違う結果になっても不思議ではない。


有権者のうつろいやすい心をつかむにはどうしたらいいか。ヒントは既にネットのいたるところにあるのではないか。政治家よ、引きこもってないでネットの海に出てこい。

民主党の次の一手

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私は無党派層の看板を降ろすつもりはない。惨敗したといえ野党第一党として民主党には今後も頑張ってもらいたい。私なりのエールを民主党に贈ろう。


今回の民主党敗北を一言で言えば「小泉劇場型選挙に負けた」のだと、多くの野党政治家や評論家やマスコミが語っている。私はこれに反論したい。国民は馬鹿ではない。劇場型に拍手喝采を送る手と、投票を考えるときの頭とは別だ。とっくにそれを切り離して考えるところまで進化している。昨夜、敗者の弁として、岡田代表はこんなことを言っていた。「政策をしっかり主張してきたやり方は間違ってない。国民にそれが十分伝わらなかった。」と。民主党は国民をリードして新しい日本を作ろうとしてきた。岡田も自分が国民を引っ張りたいという意識を強くもって選挙に臨んでいたと思う。しかし引っ張ろうと思っていた国民は、とっくに民主党を追い抜いて前に出ていた。彼のミスはここにある。有権者の進化は速い。民主党はもっと自らの進化を速めて、国民に追いつかないといけない。シェフの腕前の進化より料理を食べるお客の舌の肥える速度の方が速かったのだ。他の料理店を批判する前に料理の原点に立ち返る必要がある。


民主党の後継者選びがどうなるかは不透明だが、岡田の失敗に気づき、民主党を大きく転換させるリーダーの出現を期待する。その意味では引責辞任した岡田が再登場してもよい。誰が失敗したかではなく、何故失敗したかの方が大事だ。それに気づいた人が代表を務めるのが一番よい。


日本を変えるなら、まず自分たちが変われ。

地盤から消える票

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私の選挙区では、自民党・民主党ともに前回と同じ候補者の対決となった。前回も今回も自民党候補の勝利だが、前回は僅差であり今回は大差だ。民主党候補は前回の惜敗を受け「あと少し」と意気込んで臨んだ選挙だが、結果は予想外の水をあけられた。


私の地区は民主党候補の地盤になる。私が選挙期間中に感じていた不満が、そのまま票差となった感がある。どうやら、民主党候補は自民党候補の地盤に乗り込んでドブ板選挙を展開していたらしい。それは功を奏し、アウェーの地でそこそこの得票率を確保している。ところが前回は圧勝した地盤地区で、逆に自民党候補に負けている。アウェー重視で動きアウェーでの失点こそ減らしたものの勝利までは届かず、大丈夫と気を抜いていたホームで敗北し、全敗の様相になった。


地元では民主党候補の姿がなく、運動員や選挙カーでの連呼だけが目立った。地盤といえども対話を忘れれば、すぐに突き放される。これは有権者の意識が高くなっている兆候ではないだろうか。本人が姿を見せないのは自民党候補と同レベルだったのだが、連呼の車が目立ちすぎて得票を下げた可能性がある。間違った選挙運動をしたのだ。地元を運動員だけに任せず自分で路上に立っていれば、あるいは違う結果になったかもしれない。

私の一票

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自民党が圧勝した。誰も予想できなかった大差での勝利だ。全体的な勝因分析などは専門家にまかせるとして、私がなぜ自民党に投票したのかという一点にしぼって、民主党の敗因を探ってみる。


私は小選挙区・比例区とも自民党に投票した。


最後の判断のよりどころは、初心にもどって、それぞれがマニフェストで提示した政策だ。自民党が勝利したときに最優先で実現される政策と、民主党が勝利したときに最優先で実現される政策の比較を行った。自民党の示す郵政民営化には賛成できる。一方で、民主党が示す年金改革案は不十分で賛成できない。つまり、自民党の郵政民営化案に民意のお墨付きを与えることができても、民主党の年金改革案にお墨付きを与えることはできない。これが私の判断理由だ。


民主党は自信を持って提示した年金改革案で及ばなかった。私には力不足に見えた。これ以外の細かい部分でも、民主党に足りなかったものがある。それらの積み上げによってあるいは、最終判断にも影響が出たかもしれない。


民主党の政策は八方美人で、誰も痛い目に遭わないかに見える。郵政民営化のように、具体的な改革では既得権益を持つ誰かが痛い思いをするはずだ。そこが見えないから説得力がない。改革案に切れ味が無いのだ。マニフェストレベルでは自民党も同じだが、自民党は小泉という剣を抜いて見せた。少なくとも何かを切る姿勢を見せた。政権を取りたい民主党が組織票を大事にしたいことは理解できるが、勝つためには今の支援組織のいくつかを切り捨てて、それによって得られる新たな票を開拓するという攻めの姿勢が必要だろう。


もう一つは、私の選挙区の候補者たちの動きだ。今回は政策を問う選挙だとか、無関心層が投票するとか、いろいろと言われた割に、私の選挙区の候補者たちは、ほぼ従来型の運動を展開した。世の中の流れを積極的に掴もうとしない点で両者とも失格だ。もし、どちらかでも政策重視の訴えをしていたら、政党による投票ではなくその候補者を見込んで投票した可能性がある。

投票

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いよいよ今日。投票日が来た。


今朝、起きてから再度考えをまとめて、ようやくどこに投票するのか決心した。これから投票に行く。余計な雑音にならないよう、私の投票行動も含めて、以後、本日の投票時間中はこのブログを更新しないことにする。


皆さん、投票に行きましょう!

「有権者は郵政民営化のような難しいものに興味がない。」ある新聞の地方欄によると、私の県で選挙運動を取り仕切る党員の本音らしい。なるほど、マニフェストが入手できないわけだ。


子供の命よりパチンコが大事な親や泥酔運転の常習犯が繰り返し現れるのをみると、確かに自分が楽しければそれでいいという層が県民の中に少なからずいるようだ。彼らは選挙にも無関心だろう。だが、そうでない人もいるのだ。というより、迷惑な少数派は目立つというのが実際のところだろう。


ちゃんと有権者の声を聞いているのか。過去にしがみついて思い込みで語っているだけではないのか。思えば今回の解散劇は、郵政民営化賛成派と反対派のそれぞれが「民意は我らの側にある」と主張して譲らないところから始まった。思い込みを捨てて、有権者の声を真摯に聞け。支持者だけでなく反対者の意見も聞け。一方的に自分の都合を連呼するのではなく、有権者と対話してみろ。


まるで営業部門やアフターサービス部門への訓辞のようになってしまった。商品を買うときは製品の善し悪しに目が行くが、買った後で後悔するのはアフターフォローの悪い企業の製品だ。アフターサービスのしっかりした政党はどれだろう。あと24時間、考えてみるか。

ネットの悪い使い方

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沖縄の一部では日程を繰り上げて今日や明日に投票する地区があるようだ。台風15号の接近が11日の投票日と重なるためらしい。確かに台風14号のときの九州のような状況にでもなれば、投票どころではなくなるから、賢明な判断だろう。


ここで少し気になったのだが、「○○党に入れた」と軽い気持ちでブログに書き込む人が出るのではないか。もちろん件数としては、有権者全体からみて誤差とも言える数字だろう。だがこういったものは人の心理に影響する。既にマスコミ各社が、「有権者の投票行動に影響を与える」と認めつつ、「今投票するならどこ?」というアンケートをとりまくって公表しているので、今更こんなことを気にする必要はないかもしれない。しかし、ネットやブログは今後の選挙で、間違いなく大きな役割を持つはずだ。だからこそ、良い作用と同時に悪い作用にも注目しておきたい。


郵政民営化法案の参議院否決の際にも、「中曽根票に従う」と表明した議員がいたように、ある個人の動向に影響を受けやすい人物はいるものだ。個人が情報発信するブログでは、マスコミのアンケートのような大勢に影響を受ける層とは違う人たちの行動を左右するかもしれない。


ネットの持つもう一つの悪影響として、談合が考えられる。同じ選挙区の有権者がネット上で示し合わせて、組織的な投票を行う可能性がある。実はこれが悪いこと(違法)なのかどうかすらわからない。誰かが明確なリーダーシップをとって、組織的な投票行動を強制したとすれば違法だ。(そんなのネットがなくても既に…という話は今は無し。)しかし、個人間での会話の流れで何となく組織的に整理されていった、というような場合、どこまでが合法でどこから違法なのか、線引きは難しい。


談合で何が変わるのか。キーワードは惜敗率。小選挙区で落選しても、比例区から復活当選できるのが今の選挙制度だ。このとき、なるべく多くの票を集めてぎりぎりで負けると、比例の名簿順位が上がり、復活当選しやすくなる。これを利用すれば、同一の小選挙区から2人以上の議員を当選させることができる。なるべく僅差で勝敗が決まるように票を分け合うことが必要だ。これも一種の選挙協力なのだが、有権者を緻密に組織しないと失敗する。そのための道具としてネットやブログが利用されるかもしれない。今の普及率ではまだまだ談合の心配などいらないだろうけど、携帯電話のネット端末化とともにいずれ無視できない数字になるかもしれない。


有権者が談合に参加するメリットは何か。ずばり利権だ。国会議員が地元に利権を運ぶなら、その人数が2倍になれば2倍の幸せが期待できる。どちらかを選んで真面目に投票するよりも、談合に参加して2人の議員を誕生させた方が地元の利益になる。


これは制度の問題だろう。一つは、国政が地方の細かい予算までコントロールし過ぎるという問題であり、もう一つは、小選挙区比例代表並立制が持つ歪みの問題だ。実際、今度の11日に小選挙区と比例区で投票用紙にそれぞれ何と書くのか。組み合わせが多く、その結果が読みづらく、有権者にとっては複雑でわかりにくい制度だ。