益岡徹さんの超絶「首曲げ」演技の凄み | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

テレビアニメ、ドラマ、映画と何でも書くシナリオライターです。
24年7月テレビ東京系で放送開始の「FAIRYTAIL」新シーズンに脚本で参加しています。
みんな観てねー。

 

 みなさま、明けましておめでとうございます。

 今年も同居女子ともどもよろしくお願いいたします。

 

 さて、相変わらず「今年の抱負の全然ない男」なので、今日は私の大好きな、とある日本映画のお話。

 

「『野獣刑事』って映画、知ってる?」

 これまで何度かいろいろな人にそう聞いた時、知っていた人は誰もいなかった。

 だが、私が「あんないい刑事映画はないよ」と勧め、誘いにのって観てくれた人々は「うん、確かにあれはいい!」と言う。

 そういう、埋もれてしまったがかなりの名作、それが1982年に東映が製作した映画『野獣刑事』である。

 

 1982年、私はその前年に一浪していたので大学1年生で、ある日新聞の夕刊をぱらぱら見ていたらこの『野獣刑事』の広告が出ていた。それまで製作されている事も知らず、しかし公開日はもうすぐとなっていて驚いたのだが、主演は緒形拳で、この組み合わせだけで私にはもう大好物の香りがぷんぷんする。

 封切り初日にいそいそと地元の映画館に観に行った。

 東映さんには申し訳ないのだが、当時の記憶では初日の劇場は唖然とするほどガラガラで、宣伝が行き届かなかったツケがもろに出ている感じがあった。

 が、そのほとんど人のいない映画館で『野獣刑事』を観て、私は驚愕し、感動した。

 

 大阪を舞台に、タイトル通り「野獣刑事」の異名を取る過激な刑事が、連続婦女暴行殺人の容疑者を追い詰めていくストーリーで、それは本筋にしても、刑事は、かつて自分が逮捕し刑務所に送ったシャブ中の男(泉谷しげるが好演)の情婦(いしだあゆみ)と男女の関係になっていて、彼女には男の子が一人いるのだが、この破天荒かつ暴力的な刑事と男の子の心の交流がブルースの如く渋く渋く描かれている。

 さらには、出所してきて情婦の浮気、しかも自分を捕まえた刑事と浮気していると知ったシャブ中男はまたぞろ覚醒剤の勢いを借りて刃物を振り回し、白昼の公園で錯乱状態になって暴れまくり、刑事はそれにも対処しなければならない。だがそれはなかば自分のまいた種であり、それに対する男の子の繊細な反応も見事に描かれていた。

 海外の映画祭に出品されて現地ではあまり評判はよくなかったようだが、私はこの映画が死ぬほど好きで、これまで何度も見返している。

 

 ここからが本題。

 この映画で連続婦女暴行犯、今でいうシリアルキラーを演じたのが、当時全くの無名だった益岡徹さんだった。

 最初に「驚愕」と書いたのは、この益岡さん演じたシリアルキラーの異様な存在感故である。米映画の『セブン』や『羊たちの沈黙』が出る遙か以前、まだシリアル・キラーなどという言葉もなかった頃、新人同様だった益岡さんはこの役を完璧に演じて見せた。

 緒形拳の刑事に捕まり、尋問を受ける容疑者。暴力刑事だから力づくで「お前がやったんやろ?」と自白させようとするのだが、彼は常に虚ろな表情で時に天を仰ぐようにして、ただただこう呟くのだ。

「マリア様が『やれ』言うたんや……」

 これでは容疑は確定できない。『やれ』と言われたからというのは一見自白に聞こえるが、暴行と殺しを命じた相手がマリア様だと言うのだから、逮捕のしようがないのである。

 益岡さんは、こうした「つかみ所がないが故に逆に狂気が際立つシリアルキラー」を、実に不気味にかつ、豊かな表現で演じていた。

 スクリーンを見つめていた私は、

「この俳優さん誰だ……なんだか……すごい人が(映画界に)出てきた……」

 と思いながら、ずっと彼の演技に見惚れていた。

 そして、その益岡さんの演技が極限まで高められた、私に言わせれば究極といっていいシーンがある。

 結局、彼が連続殺人犯に違いないと判断した緒方刑事は、一旦証拠不十分で釈放したこの男を、大阪のドヤ街で(しかも夜のどしゃ降りの雨の中)追い詰め、路地裏で射殺する。

 この時……!

(↑ 好きすぎてテンションが上がっている)

 緒形拳が雨の中、地面に片膝をつき(このポーズも実にリアルに決まっていてかっこいいのだが)、彼の放った弾丸が、かなり遠くを走って逃げていく益岡さんに当たる。遠いので正確にどこに当たったかはあえて見せていないのがまた監督(これまた私の贔屓の工藤栄一)のセンスの良さなのだが、着弾の瞬間、こちらに背中を向けて走っていた遠くの犯人の首が、一瞬わずかにぐにゃっと横に傾き、直後、まるで雨でぬかるんだ地面に足をとられて転ぶようにして倒れる。その倒れ方もまた、まったくわざとらしくなく一撃で即死したという感じが見事に表現されていた。

 その、一瞬、死の間際に首が横にわずかに曲がる演技、そしてごく自然に転ぶように倒れて即死を表現した演技は、当時の私の目から見てリアリティの極致だったし、それまでそんな死に方をする日本映画は観た事がなかった。

 これが驚愕の所以で、いよいよ「凄すぎる……あの俳優さん、誰だ?!」という事になった。

 ネットなどない時代、しかも初公開のロードショーなのに何故かパンフレットすら売っておらず、かろうじてあの壮絶にリアルなシリアルキラーを演じた俳優さんが「益岡徹」という名前だという事だけはわかった。

 以後、益岡さんの存在は私の中に強烈に残り、彼の名前がちょっとでも出ていればドラマだろうが映画だろうが必ず観た。

 

 話は飛んで。

 2007年、フジテレビからの依頼で『島根の弁護士』というドラマスペシャルの脚本を担当した。仲間由紀恵さん演じる新米弁護士が、「日本で最も弁護士の数が少ない」と言われている島根県で奮闘する物語だが、私が言い出したのではなく、キャスティングが決まって台本をもらった時、そこに益岡さんの名前があって驚いた。

 何と、クライマックスの法廷シーンで、新米弁護士の仲間さんと丁々発止とやり合う、地方検事局の検事の役である。

 「夢を見ているような気分」とは正にこれで、あの益岡さんが、私の書いた台詞をしゃべって演技してくださる。しかも検事の役で法廷シーンが多いから、しゃべりまくる。

 暁光、といっていい。

 他にも様々な事情があり、私はロケ地の島根まで行った。主演の仲間さんと弁護士役の役作りについて雑談を交わしたり、監督の後ろに突っ立って撮影を見学したりした。

 数日島根にいたのだが、益岡さんの現場入り~撮影と私のスケジュールは合わなかった。直接お会いしたかったので残念だったが、こればかりは致し方ない。

 だが。

 まだロケ地にいたある晩、プロデューサーに誘われて島根駅近くのバーに行き二人で飲んでいた時、私は彼に上記の『野獣刑事』の話と、その時の益岡さんの演技がいかに凄かったかを、口角泡を飛ばす勢いで語りまくった。

 プロデューサーは私のあまりの熱量にたじろぎながらもずっと話を聞いてくれて、言った。

「そうですか……僕はその映画は観てないんですけど、益岡さんがこっちに来たら『脚本の十川さんがそう言って絶賛してました』って言っときますね」

 私は、それはぜひお願いしますと頼み、翌日一人でスタッフより先に島根から東京に戻った。

 そして後日、『島根の弁護士』の放送も無事終わり、別件の打ち合わせでテレビ局だったかドラマの製作会社だったかに行った時、たまたまそのプロデューサーと廊下がどこかで鉢合わせした。偶然に、である。

 彼は、私に嬉しそうに言った。

「あの『野獣刑事』の話、益岡さんに言っときましたよ」

「そうですか、ありがとうございます……で、益岡さん、何ておっしゃってました?」

「『あんな昔の映画を、それも全くの新人に近かった自分の演技をそこまで覚えていてくれて、しかも褒めていただけるなんて、役者をやっててほんとによかったと思います。これからもがんばろっと。十川さんによろしくお伝えくださいね』っておっしゃってましたよ」

 この時もし私が若い女の子だったとしたら、嬉しさのあまりその場でぴょんぴょん飛び跳ねていたに違いない。1982年の驚愕の演技にいかに感動したかが、ご本人にちゃんと伝わったのだから。

 滅多にない事ではあるが、これもまた益岡さん風に言えば、

「脚本家をやっててほんとによかった」

 である。

 

 お正月休みに映画でも観ようという方、興味があればぜひご覧ください。

 

 益岡さんの首が、絶妙な加減で曲がります(笑)。