信じた結果として行動
マタイの福音書5-7章は山上の垂訓と呼ばれるものですが、その中の教えはやはり、新生した人の歩みでもあると思えたので、みことばを拾ってみました。
[マタイの福音書 5:9]
平和をつくる者は幸いです。
その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。
[マタイの福音書 7:21]
わたしに向かって『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。
[マタイの福音書 7:26]
また、わたしのこれらのことばを聞いて、それを行わない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人にたとえることができます。
主の弟も言っております。
[ヤコブの手紙 1:22]
みことばを行う人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけません。
[ヤコブの手紙 2:14]
私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行いがないなら、何の役に立つでしょうか。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。
【動機】
私たちクリスチャンは天の御国にはいるために、善行をするわけではない。
すでに赦され、永遠の命をもらっているからこそ、善行が当たり前になるのである。
適用
喜びの中で善を行えることに感謝します。
祈り
今は行動に移せない中でありますが留守を守る霊的家族、妻に感謝します。良き体の管理者としてしっかり治します。また、導かれていく親許へ出向く姉妹と共に行ってください。アーメン
写真は半年に一回のワックスをしてくれる信徒たち!
感謝です。



