使徒パウロの苦悩と喜び
「考えてもごらんなさい。主が与えられたこの悲しみは、どんなに益となったことでしょう。あなたがたはそこで絶望せず、かえって、私が手紙で指摘した罪を取り除こうと、誠意をもって努力しました。あんな出来事が起こったことに恐れをいだき、私の来訪と助けとを心から願うようになりました。正面からこの問題に取り組み、罪を犯した者を処罰して、問題を解決しました。実際、事態を正しく処理するために、あなたがたはできる限りのことをしたのです。」
コリント人への手紙Ⅱ 7:11 JCB
観察
コリント第二の手紙は、フォローと同時に正直なパウロの気持ちも吐露されている。私もおおいに手紙を書く人なので(受刑者への返信)よくわかるし、牧会でもメモを取らねばならないこともある(揉め事、事件)犬も食わない夫婦喧嘩(私もメンターに入ってもらう)
牧会には苦悩と喜びがある。
割に合わないなと感じる時もある。
しかし、そうではなく、やっぱり神は良いお方であり、私は報いを受けてきた。苦しいことがあるたびに、見えない向こう側を信じて歩んできただけだ。
適用
このコリント教会の素晴らしさはパウロの叱責を受け止め真摯に従い、悔い改めたことだ。これ無くして信仰の成長はない。
祈り
耳の痛いことを言える間柄を作ることができますように。また、耳の痛いことを謙遜に行くことができますように。私を造り変えてください。アーメン














