進藤龍也牧師のヤクザな日記

進藤龍也牧師のヤクザな日記

私がヤクザから牧師になった人生が真実の様に聖書の話はありえない!信じられない!ような真実の話です
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うぬぼれることを恥じる!

私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがた一人ひとりに言います。思うべき限度を超えて思い上がってはいけません。むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深く考えなさい。

(ローマ人への手紙 12:3 SKY17)


観察

使徒パウロの神学書ローマ書。

律法と福音、旧約と新約、キリスト論だけではなく実質的な信仰生活を指南するローマ書。


【限度を超えて思い上がってはいけない】

高ぶり、高慢、傲慢、うぬぼれ、思い上がり、同じようなことばだが、他者から進藤龍也を見て、そのように思われたなら、恥ずかしい。

徹底して、私たちは、うぬぼれから、高慢から身を守らなければならない。旧約聖書において、滅びる国の共通点は「高ぶり」である。人間個人も同じである。


【高ぶり、うぬぼれの兆候】

他者の意見を聞かなくなる。

自分の意見に固執する。

いつも自分が正しいと思い込む。

すぐに怒りを表す。不機嫌が顔に出る。

うまくいかないと不機嫌になる。

すぐに人を裁く、寛容さが足りない。

などなど、、、

怖いものだ。

私が神内先生から学んできた事は、謙遜とヘリ下りである。そうでないと、神からの油注ぎがなくなってしまう。私にはそれが1番恐ろしい。


亡くなった平田伝道師が私にいつも私に言っていた。「進藤先生はこんなに有名になっても高かぶらないね」と。私はそれを嬉しく思う。

と同時に自分は高ぶってはいけないと心に留めている。つまるところ人は神のおかげで存在しているのである。

自分には何もできないが、神が私を通して何かをしているだけである。


適用

これからもうぬぼれ高慢を遠ざける生き方をするだけ。

老害と言われるような頑固者にはならない。


祈り 

入院と手術の日程が決まり、体の管理者として過ごせるようにお食事に注意できますようにまた体力が回復するように努めます。サプリで生きてきましたが、手術の日までサプリも飲めません。自然治癒力を高めてください。私のために祈ってくださるすべての方々の上にあなたの祝福がありますように。アーメン

【写真は、水のほとりキリスト教会との講壇交換】















どの立場に立つか?私は聖書に立ちます!


こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、彼らのうちの女たちは自然な関係を自然に反するものに替え、

同じように男たちも、女との自然な関係を捨てて、男同士で情欲に燃えました。男が男と恥ずべきことを行い、その誤りに対する当然の報いをその身に受けています。

(ローマ人への手紙 1:26-27 SKY17)


観察

使徒パウロによる律法と福音の関係、キリスト論が律法の専門家であったパウロが論証するローマ書。それを簡潔にしたのがガラテヤ書だと私は言えると思う。


天地創造の初めから神は男と女につくりそれぞれの役割を与えられた。同性で夫婦になれるのが普通であれば聖書で、そう書いてあるはずだが、聖書ではそれを罪と言っている。


現代で行きすぎた多様性。

それぞれの立場のキリスト教会があり、同性婚を認める教会もあり、アメリカでは同性婚の結婚式を拒否したことで牧師が訴えられる時代になってしまった。


【どの立場に立つのか】

他者を攻撃したり、非難したりすることは控えるが、私は聖書いう通り、同性婚、同性愛は認めない。しかし、愛さないわけでは無い。そういう人も同じように愛する。


同性愛の人の相談に10人ほど乗ったことがある。同じように答えた。1人だけ理解して教会に残ってくれた。同性愛を認める教会もあるのだから、そこに行けば良い。


【聖書は普遍】

変わることがない真理なのだから、聖書が答えなのだと私は信じて生きていく。


祈り

アメリカでも、日本でも、世界でもこの件で分断が起こっていることも事実です。愛し合うこと、認め合うこと、受け入れ合うこと、歩み寄ることができますように。アーメン











清潔【聖潔】に生きる

御霊を消してはいけません。
(テサロニケ人への手紙 第一 5:19 SKY17)

観察
テサロニケ人教会へ宛てたパウロの手紙
兄弟愛、信仰面においてパウロが誇りに思うほどに良くできた教会。しかし再臨信仰が強く、すぐに主イエスの再臨があると信じるあまり、仕事を辞めたりして問題があったようだ。

(テサロニケ人への手紙 第二 3:10-12 SKY17)
あなたがたのところにいたとき、働きたくない者は食べるな、と私たちは命じました。
ところが、あなたがたの中には、怠惰な歩みをしている人たち、何も仕事をせずにおせっかいばかり焼いている人たちがいると聞いています。
そのような人たちに、主イエス・キリストによって命じ、勧めます。落ち着いて仕事をし、自分で得たパンを食べなさい。
(テサロニケ人への手紙 第二 3:10-12 SKY17)

【御霊を消す生き方】
聖霊に満たされた生き方と言うのは、ザアカイの家(木曜夜7時)で聖霊のバプテスマの学びをしている通りである。
イスラエル王国、初代王サウロは神に選ばれ、聖霊に満たされた人物である。第一サムエル記には「全く新しい人に変えられた」とある。そしてその歩みの前半戦は素晴らしいものがあった。しかし、ダビデと言う忠実な部下が人気を博すと、妬みと殺意に支配され、サウロから御霊は去ったのである。

生き方次第で聖霊様は去ってしまうのである。
逆を言えば、神が喜ぶことをしていけば、聖霊様は強く働くのである

祈り
体の良き管理者として治療に励み、節制し脂質を取らない食事をとっております。どうぞ聖霊様、私の背中を押し明日のメッセージで働いてください。アーメン

ある弁護士が持ってきた花💐
国選なのに私に会いに3度も足を運んでくれています。なのでできることの協力はしています。





子供のいる教会っていいなー




















牧師を続けるために働き続けている来ました!


兄弟たち。あなたがたは私たちの労苦と辛苦を覚えているでしょう。私たちは、あなたがたのだれにも負担をかけないように、夜も昼も働きながら、神の福音をあなたがたに宣べ伝えました。

(テサロニケ人への手紙 第一 2:9 SKY17)


観察

パウロの開拓したテサロニケ人教会への手紙。

パウロはユダヤ人特有の父から子へ受け継がれる手に職をもって、天幕張りの仕事をしながら宣教活動をしていた。パウロ宣教団とも言える仲間がいた。ユダヤ人に伝道するペテロたちとは違い、非ユダヤ人なので献金の意義も意味もわからない。開拓伝道者が頭を悩ますのは実にここと言ってよい。霞を食べては生きていけない。だから自力で働きながら伝道活動する。その気持ちがなければ職業選択の一つとなってしまう。


開拓当時、バイト生活をしていたのは牧師を続けたいからである。


私も信徒に負担をかけまいとして、旧会堂を追い出される時も、献金!献金!と言わなかった。主が与えてくださると信じてきた。もちろん、献金の大切さを教えるために今、献金しなければならない時だと伝えた。


適用

職業選択ではなく、テントメーカーとして、経済的に自立した人、いや、世の中で働いてでも牧会したいという心意気のある人を育てたい。見つけたい、与えられたい。祈るべし


祈り

愛と喜び、和解と癒し、理解と寛容を備えた罪友教会でありますように。アーメン


写真はこどもたち
























使命に生きる日々


さて、イエスがベタニアで、ツァラアトに冒された人シモンの家におられると、

(マタイの福音書 26:6 SKY17)


不治の病ツアラアトに冒された人、シモンの家にいる主エス。二節にはこうある。


(マタイの福音書 26:2 SKY17)

「あなたがたも知っているとおり、二日たつと過越の祭りになります。そして、人の子は十字架につけられるために引き渡されます。」


観察

つまり過越の祭り、十字架に磔になる2日前のこと、主イエスは貧しい地域の不治の病に冒されたシモンの家にいた。明後日、死刑に処せられるというのに、生活スタイルは変えなかった。変えることはしなかった。普段から使命に生きていたからである。


適用

私も悔いのない人生を送るために、伝道と牧会に生きる。

残りわずかな人生を告げられても約束したものは全て果たしていきたい。


祈り

体の回復を前もって感謝しますをまた祈ってくださった方々の祝福を宣言します。アーメン



写真はワックスがけの日













偽善者にはなりたくない


そのとき、イエスは群衆と弟子たちに語られた。

「律法学者たちやパリサイ人たちはモーセの座に着いています。

ですから、彼らがあなたがたに言うことはすべて実行し、守りなさい。しかし、彼らの行いをまねてはいけません。彼らは言うだけで実行しないからです。

(マタイの福音書 23:1-3 SKY17)


観察

群衆と弟子に主イエスが語った言葉。

つまり、一緒にいるすべてのものに語った言葉。モーセの座とは指導的立場にいると言う事。


適用

「彼らは言うだけで実行しないからです」とは、口番長である。

言ったことを行動に移さなければ、偽善と言う。

偽善者にはなりたくない。

言っていることと、やってる事よ違う人のことを偽善者と言う。


説教者は1番恵まれると言う。と言うのは言っていることを自分で無視できないからである。

言ったたことを、しなければならないと努力するからである。


祈り

体力回復に努められますように、日曜日にしっかりとメッセージできますように。


写真は島原の田舎で飲んだバッハのコーヒー!全国におバッハの弟子さんがいるとのこと。






















針の穴をくぐる

ビルゲイツがテレビに出ていた。資産、財団を使って世界の子供たちを救う働きをしていた。その中で、子供の頃からルカの福音書の言葉を用いて母親から「多くを任されたものは、多くを要求される」と聞かされ、社会貢献することを念頭に生きてきたと言う。素晴らしいではないか。

私は神へ反逆したときのアダムとイブの象徴みたいなLOGOの会社の製品を使っているが、、、
Microsoftが世界的な爆発的ヒットを飛ばせた背景にはポルノがあるという。曲がった世の中の証である。

今日の聖書箇所を読んでビルゲイツのテレビ出演の証を思い出した次第。本当のお金持ちは使い方を知っている。世の中でお金があることを自慢する動画の人が人を助けることに10%使ってほしいと心から願う

(マタイの福音書 19:23-26 SKY17)
そこで、イエスは弟子たちに言われた。「まことに、あなたがたに言います。金持ちが天の御国に入るのは難しいことです。
もう一度あなたがたに言います。金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうが易しいのです。」
弟子たちはこれを聞くと、たいへん驚いて言った。「それでは、だれが救われることができるでしょう。」
イエスは彼らをじっと見つめて言われた。「それは人にはできないことですが、神にはどんなことでもできます。」
(マタイの福音書 19:23-26 SKY17)

適用
10分の1献金を怠ることも、神を信頼していない証拠。
お金にケチケチすると、生き方もキチキチになってしまう。

祈り
[マルコの福音書 16:17,18]
信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばで語り、
その手で蛇をつかみ、たとえ毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば癒やされます。」

特に後半部分の例え得を飲んでも決して害を受けず、病人に手をおけば癒されます!と、自分のみぞおちに手を当てて祈っております。癒されたことを前もって感謝いたします。皆様の祈りに感謝してアーメン!

【写真は愛車のスクランブラー 800まだ2回しか名乗ってない、、、(^^) 妻とタンデムできるようにツーリング行けるようにしたんだけどな】



イメチェンしました。病み上がりですが、、、わかります?!




かっこいい進藤龍也となるために


ベトナム行きが入院という羽目になり、アーサー先生から預言的なメールをもらう。

「もっとかっこいい進藤龍也になるためにそこ(病院)にいると思えばいい」と。


預言的な言葉としてそれを受け取る。

かっこいい進藤龍也って何かしら?と考えても結局、神の言葉を知ることしか思い当たらない。


前回の入院時には、格闘の祈り罪友バージョンを完成させた。今回は、発熱や、のたうち回ることが前半続き大変だった。良くなってきたので今年も漏らさず通読してデボーションを続けて、みことばを蓄積しようと心がけている。


[マタイの福音書 14:23]

群衆を解散させてから、イエスは祈るために一人で山に登られた。夕方になっても一人でそこにおられた。


[マタイの福音書 16:26]

人は、たとえ全世界を手に入れても、自分のいのちを失ったら何の益があるでしょうか。そのいのちを買い戻すのに、人は何を差し出せばよいのでしょうか。


観察と適用

主イエスの聖霊の力はまさに1人で父なる神に向かう時間であった。今の私も同じこと。また、普段の私も同じこと。これからも1人で祈る時を大切にする。また、共に祈る時間をも聖別する。


まことの命を失うことなく、だからこそ、そこの地上での健康のために、良き体の管理者として、神から任せられたこの体の管理者となる。それはまさに1人でも多く救うためである。


祈り

退院できますように。再発がないことを前もって感謝します。脂質制限を心がけられますように。手術ができますように。愛が枯渇しませんように。アーメン











神と金の両方の主人に仕えることはできない


[マタイの福音書 8:34]

すると見よ、町中の人がイエスに会いに出て来た。そして、イエスを見ると、その地方から立ち去ってほしいと懇願した。


観察

ゲラサの狂人の解放と癒しを目の当たりにしたその土地の人々の反応。長年、悪霊によって苦しめられ、墓で鎖に繋がれていた狂人が解放され、癒されてそこにいるのに、生活の糧である豚が溺れ死んだことによる。


1人の救いより、己の財産を優先する結果、救い主は、必要ございません!という態度を示してしまう。


パリサイ人も神を愛するが故に厳格に律法を守ろうとする。しかし、愛が冷え人を裁く心の方が強くなっていた。


適用

神と金、一文字違いだが大きく違う。

マネーの語源はマモンという経済の偶像の神という。

金はみんな大好きだ。しかし愛しては行けない。いつも私たちは神を大意優先にする。神が第二番目なら、それを偶像礼拝とか、貪りの霊とかいうのである。


[テモテへの手紙 第一 6:10]

金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは金銭を追い求めたために、信仰から迷い出て、多くの苦痛で自分を刺し貫きました。



実は胆嚢炎で入院していました〜笑

髭のばそうかな?!それともバッサリやっちまおうかな
















信じた結果として行動


マタイの福音書5-7章は山上の垂訓と呼ばれるものですが、その中の教えはやはり、新生した人の歩みでもあると思えたので、みことばを拾ってみました。


[マタイの福音書 5:9]

 平和をつくる者は幸いです。

  その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。


[マタイの福音書 7:21]

 わたしに向かって『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。


[マタイの福音書 7:26]

また、わたしのこれらのことばを聞いて、それを行わない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人にたとえることができます。


主の弟も言っております。


[ヤコブの手紙 1:22]

 みことばを行う人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけません。


[ヤコブの手紙 2:14]

 私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行いがないなら、何の役に立つでしょうか。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。


【動機】

私たちクリスチャンは天の御国にはいるために、善行をするわけではない。

すでに赦され、永遠の命をもらっているからこそ、善行が当たり前になるのである。


適用

喜びの中で善を行えることに感謝します。


祈り

今は行動に移せない中でありますが留守を守る霊的家族、妻に感謝します。良き体の管理者としてしっかり治します。また、導かれていく親許へ出向く姉妹と共に行ってください。アーメン


写真は半年に一回のワックスをしてくれる信徒たち!

感謝です。