進藤龍也牧師のヤクザな日記

進藤龍也牧師のヤクザな日記

私がヤクザから牧師になった人生が真実の様に聖書の話はありえない!信じられない!ような真実の話です
いつでも何処でも誰でも人生やり直せます!ぜひルームをご覧下さい♪

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本気で生きている人が好き!

札幌の北洋建設社長 小澤輝真さん。

受刑者を親子二代で受け入れ、雇用し続ける会社の社長さんです。

互いの励まし!大切です。

 

やり直しを果たした係長さんとも

 

帰りはもちろん、

三角市場の武田商店!!

裏メニューをいただきました!

どうしても北海道では会いたくなる不思議な魅力を持った方です!


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〈本当の自分〉

もう1人の本当の自分は、この体の中にある魂の奥にある(という表現を使います)霊!霊が自分である。と常々言ってきた。聖書の言葉を借りると「内なる人」である。

そしてこの本当の自分である霊(内なる人)に直接働き、促し、変えることができるのは、神の言葉(聖書の言葉)であると。

エペソ3:16
「どうか父が、その栄光の豊かさに従い御霊により、力を持ってあなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。」

内側から神の力により、変えられて行くことを聖化という。
また、霊的刷新という。

内側の霊が変わるから神を求め、態度も変わり、考え方も変わって行く。
神の視野が与えられ、世の中の物差しも変わって行く。

マタイ15:18
「しかし、口から出るものは心から出てきます。それは人を汚します」


エペソ4:23-24
「またあなたがたが心の霊において新しくされ、真理に基づく義と聖を持って神にかたどり造り出された、新しい人を身につけるべきことでした。」

祈り
新しい人、イエスキリストを身につけるようにされた父を褒め称えます!今日も聖霊の洗いの更新を持って内側から私を変えてください。清めてください。旅路を守り、祝福してください。罪友の試練にあるものたちをキリストの血潮で覆います!アーメン



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札幌市に病床洗礼をしに行ってまいりました。

刑務所伝道に7年ほど協力してくださいました。

ステージ4の癌です。

そんな彼からのお願いは「進藤龍也牧師からの洗礼」でした。

 

普段はそのような願いは聞きません。

なぜなら洗礼は誰が施しても同じだからです。

また、所属し通う教会の牧師がするべきことだからです。

 

しかし今回は、私との長い!?刑務所伝道のつきあいもあり、ようやく信仰の結実に至ったわけでありますので、私も恩返しをと思いました。

 

安らかに天国に行きたいという彼に、キリスト信仰は「癒し」もセットであると説き、本人が諦めていては癒しは起こらない!元気になってまた罪人の友 主イエス・キリスト教会においで下さい。と、励まし帰りました。洗礼の立ち会いは看護婦さんと、面会室にいたおばあちゃま2人。良き伝道の種まきにもなったと思います。

 

病院にいてもキリスト者の使命を果たせること。

それはキリストを伝えること、祈ること。

 

 

夜はCFNJ聖書学院の牧師で講師の坂本清憲牧師と手羽先を食べながら、

彼の言葉を借りて「龍也の男塾」

 

 


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〈超常識人のキリスト人〉

教会では立派な奉仕者、尊敬されて良く親しまれ、頼られる。しかし、家庭では家族を顧みない。これではいけない。

教会のメンバーシップを取り、忠実に十一献金も果たして、教会にコミットしていても、税金を滞納している。あるいは家賃を滞納している、これではいけない。

牧師として、その人のためにベストなことを提供するにあたり、私の失敗から共有することもあるし、偉そうなこと言えるのか?と、言われれば、自分のことは棚上げして提供しなければならない時もある。いずれにせよ、その人を愛するが故である。

ローマ13:7-8
「あなた方は、誰にでも義務を果たしなさい。みつぎを納めなければならない人にはみつぎを納め、税を納めなければならない人には税を納め、恐れなければならない人を恐れ、敬わなければならない人を敬いなさい。
誰に対しても、なんの借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。」


適用
誰にも借りる必要のない生活は祝福。まず人からは借りないという決断は大切。
(新会堂のためには借りた)昔からローンというものはしなかった、
それが幸いしたのかもしれない。
またプライドという普段は厄介なものが、人からお金を借りるということはかっこ悪い!というヤクザ特有のものが(借りまくり破門になるヤクザも多いが)働いて人との関係は壊したことがないのは幸いであった。
家とか車とかもローンで買うものなのだろうが、あくまでも個人から借用しないと決めることは大切。

これからもローンは車と家(持ってないが)以外はローンはしない。
個人的にお金は借りない。家賃はためない!

祈って必要を満たすことも大切。
しかし、祈る前に働くことはもっと大切!

祈って必要を満たすことの霊的法則は、種まきの法則、まず誰かの必要を満たすこと!

祈り
今日しっかりと頭と体を休めて明日に備えられますように、試練の中を通る罪友のメンバーに主が働いてくださいますように!アーメン




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2年前の訪問で信仰告白に導いた、元ヤクザの初老の男性と出会いました。

 

お姉さんが熱心なクリスチャンです。

そのお姉さんが会ってほしいということで会いました。

私に心を開いてくださって信仰告白にまで行くことができました。

 

それっきりで教会も行ってなかったようです。

そのうち末期の癌が発覚し、2年ぶりにする彼は入院中でした。

お見舞いに行くことになり、

「教会には行ってないようですが、2年前の信仰告白を覚えていますか?信仰は変わらずありますか?神に背を向けていたことを悔い改めて洗礼を受けますか?」

と聞くと、

「お願いします」と。上の写真がそのときのものです。

 

 

思い出の志津川高校へ

避難所時代 2011年3月21日から通い始めました。

 

 

志津川中学校からの一望

 

 

せっかく覚えた志津川の道も、1年ぶりに行くと、かさ上げ工事で、しかも埋め立て工事などで、道が全く変わってしまって、、、避難所の元代表で、語り部の佐々木光之さんがいなければ、スムーズには行かなたっと思います。感謝

この日は私の母の誕生日

この日の洗礼となりました。

避難所時代からのおつきあいの「月と昴」に行きました。

 

 

落書きさせてもらいました!

 

 

泊まりは教会員の両親がいる渡波キリスト教会へ

 

石巻の海です!下

 

そして

今回は1泊弾丸ツアー 新会堂祈り会(水曜日19時)へ

 

戻りました!


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〈人生の成功とは、まず人格〉

「神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。」
‭‭ローマ人への手紙‬ ‭8:29‬
‭JA1955

観察
ローマ7ー8章は罪と恵み、律法と福音のローマ書の心臓部
天地を造られる前から私たち一人ひとりをすでに知っているだけではなく、計画してこの時代に、この国に生んだという。

適用
人生の目的がここに書かれている。
「御子のかたちに似たものとするため」である。
ならば、私たちの人生の成功とは、まず人格の成長であり、
人格がキリストに似てくることが成功なのだ。

イエス様なら今、どうするか?
イエス様ならどう思うか?
イエス様ならどう考えるか?
イエス様なら?と、常に考え、
ではどうしましょうか?と祈り、
そして行動して行くことが肝要で、その積み重ねにより、キリストに似てものとして変えられて行く人生を送れるはずだ!

祈り
水道工事の職人さんが、刑務所の中で私の本を読みました!と、いわれ、工事中色々はなすことができました。彼が救われるように、どこかの教会につながれますように!私も希望が見えました。少しだけ頑張ってきた報いを受けることができました。感謝します!アーメン




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〈信仰は使うもの〉

ローマ4:20-22
「彼は、神の約束を不信仰のゆえに疑うようなことはせず、かえって信仰によって強められ、栄光を神に帰し、 神はその約束されたことを、また成就することができると確信した。 だから、彼は義と認められたのである。」
‭‭ローマ人への手紙‬ ‭4:20-22‬ ‭JA1955‬‬


信仰の父アブラハムは、その信仰の故に神の友と呼ばれた。(ヤコブ3:23)
その信仰とは揺るぎのない信頼から生まれたもので、神が答えてくださらないとは考えず、現実が問題だらけであっても神が味方してくださると信じて、努力して誠実に生きたのである。
そして神の約束を信じて実子を25年待ち続ける間も、神を疑うことなく信じ続けた。これを信仰を使うという。そして実子イサクが生まれる!

第1段階
「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」
‭‭ローマ人への手紙‬ ‭4:3‬ ‭


神によって、神の義とされるとは永遠のいのちをもつということである。神の目に正しい!合格!ということである。現在はキリストを信じる信仰によって義と認められる。

ローマ3:26b
「神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです」

第2段階
創世記15:6 & ローマ4:20-22
今日のみことばのところ、信じる生活の中で疑わず、信じ抜くこと。必ず報われることを信じ抜く!

第3 信じた結果行いが伴う
「わたしたちの父祖アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげた時、行いによって義とされたのではなかったか。 あなたが知っているとおり、彼においては、信仰が行いと共に働き、その行いによって信仰が全うされ、 こうして、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」という聖書の言葉が成就し、そして、彼は「神の友」と唱えられたのである。 これでわかるように、人が義とされるのは、行いによるのであって、信仰だけによるのではない。」
‭‭ヤコブの手紙‬ ‭2:21-24‬ ‭JA1955‬‬

忠実であるかどうかが信仰の課題である。
忠実かどうかは、従うかどうかである。また、
やるかやらぬか、誠実か不誠実か?
言うことと、やることが一致しているか?

祈り
ちてん祈祷会の後、リフォームのための計測、夕方から日本橋ministry誠実に生きられますように。群れをキリストの血潮で覆います。疑いや汚れ、病やアクシデントを一切、葬ってください。感謝します!アーメン


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