8月23日(金)
しょっちゅう悩みを相談するわけではないけれど、母の妹である叔母には助けられています。
実際問題として、悩みを相談することは皆無ですが、話を聞いてもらえるだけで気持ちが楽になるのです。
今日も、「手紙届いたよー。いつも悪いねー」って電話が来て、そこから父の現況と母の近況を報告。
10さんにもしょっちゅう愚痴を聞いてもらってはいるんだけどさ、「考えすぎだよ」って言われると「所詮他人事だしね」って思うし、「わかるわかる」って言われると「本当にはわからんくせに、簡単に同調するな」って思うんだよ~っていうと、電話の向こうから大爆笑の声。
それを聞くと、本当に安心できる。
ああ、いつもの叔母さんだなあって。
80歳を過ぎて免許を返納してから外出が減ったとのこと。
出歩かないからお腹空かない、お腹空かないからご飯支度も面倒でしない…という話を聞いて、それ、母が認知症になったのと同じ流れだよ、と心配になる。
ご飯は面倒なら作らなくてもいいから、出歩いてお腹空かせて何かを食べてってお願いする。
今の母は、毎日運動して、ちゃんとご飯食べて、便秘も軽減して、顔色もいい。
私が親のことを心から相談できるのは叔母さんだけなのだから、規則正しく長生きしてね、と。
本日の読書:人間の証明 森村誠一
カバー裏より
『「母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?」。西条八十の詩集を持った黒人が、ナイフで胸を刺されて殺害された。被害者は「日本のキスミーに行く」と言い残して数日前に来日したという。日米合同捜査が展開され、棟居刑事は奥深い事件の謎を追って被害者の過去を遡るが、やがて事件は自らの過去の因縁をも手繰り寄せてくる――。人間の”業”を圧倒的なスケールで描ききった、巨匠の代表作にして不朽の名作。』
今頃になって、初めて読みました
初めて読んだけれども、動機も犯人も知っています。
被害者が言った謎の言葉「ストウハ」の意味も知っています。
中学校の英語の先生が「アメリカ人の発音でストローハットと言っても、日本人の耳にはストウハと聞こえる」とネタバレしましたからな。
当時はネタバレに寛容だったので。
でも知っていたのはマスコミで流れた部分のみ。
実はいくつかの事件が縄を綯うように互いに絡みながら進んでいく話とは思いませんでした。
で、読んだ感想としては「因果応報」。
これに尽きると思います。
森村誠一と言えば社会派ミステリーで、社会はミステリーと言えば刑事が足で証拠をみつけていく話だと思っていましたが、この作品に関していえば、確かに社会派で、足で証拠を探していますが、ラッキーな偶然が多すぎます。
それというのもこの作品は、通奏低音として「因果応報」が存在しているからと思いました。
表立った意見の被害者と加害者だけではなく、関係者の心の中で消せない、事件とならなかった事件が、その無念を晴らすかのように偶然を連れてきたのかな、と。
作者あとがきで、当時この作品が「情念のミステリー」と言われていたことを知りましたが、確かにこれは情念の物語です。
黒人青年を殺した犯人は、今でいうサイコパスのように描かれていますが、多分心から大切にしていたのが黒人青年との日々だったのだと思います。
その後の人生は犯人にとって何の意味もない、興味もない、形だけの人生だったのかもしれない。
ただその形だけの人生が成功してしまったから、大切だった心から愛していた過去と形だけ成功した現在との相剋の中の一瞬の躊躇が、すべてを終わらせてしまったのではないでしょうか。
だとすると、哀しい物語だなあ。
ママは思い出しはしなかった。
だって忘れてなかったのだから。
読んだ気になってパスしなくてよかったなあ。

