ShortStory.469 星に願いを | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

 久しぶりの更新になってしまいました…あ、流れ星!

 「休みをください、休みをください、やす―― …嗚呼…」(←w)

 

↓以下本文

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 少女と猫のすむ家は、小高い山の中腹にあった。

 今となっては、彼女たち以外誰も居ないその家は、

 不必要なほどに大きく、必要以上に古めかしい外装である。

 町の子どもたちは、この家を魔女の家と呼んでいた。

 赤い屋根に上れば、下の町を見渡せる。

 煙突だらけの工場の町。たくさんの人が住んでいる。

 朝から晩まで細くたなびく煙は絶えない。

 そんな街のにおいもにぎわいも、この家までは届かない。

 周囲の森が吸い込んだかのように、辺りは静かで

 しっとりとした草木の匂いが広がっていた。

 仕事を終えた少女マルセンは、今日も猫と一緒に屋根に上る。

 夕飯が出来るのを待つ間、澄んだ空を見上げ、星を眺めるのが日課だった――

 

 

 

 

星に願いを

 

 

 

 

 マルセンが屋根へ上ると、ピーターがついてきた。

 黒猫の彼は音もなく近づいてくる。

 そんな彼の方を見ると彼女は空を見上げた。

 今日の空は一段と星の多い、当たり日であった。

 昨日見つけた赤い星を探していると、ピーターも

 同じように空を見上げてその眼に星空を映した。

 夜闇に開いたひとみには、たくさんの光が輝いている。

 

「星が見えすぎて、見えないや」

 

 彼女はがっかりするどころか、少し嬉しそうに言った。

 こんな夜は、また新しい星が見つけられる。

 そんな幸運に胸を弾ませていた。

 ピーターは、ひと鳴きもせずに空を仰いでいる。

 マルセンは、彼をちらと横目で見た。

 

「ねえ。もっとこっちに来たら?」

 

 彼女3人分は離れているピーターに向かってそう言うと、

 彼は耳だけぴくりとこちらに向けた。

 赤い屋根も、夜の間は赤くは見えない。月や星の

 明かりだけに照らされて、薄く青くその形が見えている。

 一方で、猫(かれ)だけはいつも通りの姿だった。

 黒猫は夜でも黒い。毛並みに月の光が時折反射して見えた。

 

 彼女に言われて、ピーターはそちらを向くと、

 今度は顔だけ向けて、じっと様子を窺っている。

 

「何?」

 

 当然マルセンには、彼が何を思っているのかはわからない。

 物心つく頃から一緒だが、それは昔から変わらなかった。

 彼女はふと着ている物をめくり上げて、自分の鼻に押し当てた。

 仕事をしているといろんな場所を訪れる。中には刺激的な

 香りのする料理屋や香水の匂いのする相手とやり取りすること

 だってある。ピーターがその匂いを気にしているのかと思ったが、

 そんな匂いはしなかった。もちろん、人の鼻には、である。

 

「私……臭い?」

 

 彼女もそう思って訊くのだが、いつも通り返事はない。

 そのかわり、ピーターはすっと立ち上がると、

 音もなく近づき、彼女の隣に座った。

 そんな彼の様子を見て、マルセンはどこか安堵すると同時に、

 思わずため息をついた。ピーターが彼女の方を窺い覗く。

 

「不便ね。話せないのって」

 

 特別残念がっている様子も見せず、彼女は再び

 星空に顔を向けた。そんな彼女のことをピーターは

 しばらく見つめていたが、彼もまた顔を上げて、

 彼女と同じように星空を眺めた。

 

 マルセンの手がピーターの背を撫でた。

 猫(かれ)はどこか居心地が悪そうにしながらも、

 体を避けるようなことはしなかった。

 

「あなたが人間だったらよかったのに」

 

 彼の体の温もりを感じながら、彼女が呟いた。

 小さな声だが、猫のピーターにはしっかり聞こえている。

 とはいえ、言葉として理解できているかどうかは

 わからなかった。彼は耳だけこちらに向けている。

 小さく喉を鳴らしたが、こちらは相手の耳には聞こえないだろう。

 

「もしくは……私が猫だったら、とかね」

 

 彼女が横目で見た瞬間、ピーターの背がすっと伸びた。

 その口の先から、にゃあと声を出す。

 

 声に誘われるようにして、星空に目を移すと、

 いくつかの線が見えた。すぐにそれが光の道だと気付く。

 

 流れ星だった。

 

 言葉を失って、それを眺め続ける。

 嬉しさよりも、胸の高まりの方が大きく、

 彼女はごくりと息を飲んだ。

 その瞳に、いくつもの光の道が通り過ぎた。

 ようやく収まったその流星群の後、きれい、それだけだった。

 彼女はその一言を口にしたかっただけだった。

 言葉が出なかった。話し方を思い出そうとする。

 無論、話し方を忘れたことなど、今まで一度もない。

 彼女は、なんで、と思った。思うことは出来ても、

 口を動かすことは出来ても、話すことだけが出来ない。

 

 ふと、マルセンは隣に気配を感じた。

 

「え……」

 

 一言だけだったが、人間の声だった。

 一言だけだったが、よく知っている人の言葉だった。

 マルセンの耳に届いたのは、隣の声だった。

 隣の少年は、こちらを見て驚いた表情をしていた。

 見知らぬ姿に思わず身を引こうとした瞬間、

 彼女の体は跳びはね、大きく宙を舞った。

 悲鳴を上げそうになるが、危なげなく体は着地する。

 少し離れて、初めて彼女に相手の姿が見えた。

 

「マルセン……?」

 

 少年が彼女の名前を口にする。

 一方、 ピーター? そう訊こうとする彼女の声は、

 猫の鳴き声に変わっていた。

 

 白猫と少年。

 

 ふたりの願いを叶えた星たちは過ぎ去り、

 夜空には元の通り、一面の星が瞬いていた――

 

―――――――――――――――――――――――――――――
<完>