Seasonal Journey ~Invitation for scent~

香りの向こうにある文化を知ること








『春の到来』

桜の便りが届く季節。植物たちの芽吹きの
エネルギーと匂いが鼻をかすめる。

春の到来。今年の桜はどこへ見に行こう、
そんな声も聞こえてくる。

満開の景色はどこも圧巻。

桜は咲いて散る姿が美しく、
梅は香りが美しいなどといわれるが、
ふと、この花の季節、桜の香りを知りたくなって香り探しの旅に出た。








『京都の桜』

京都に数多い桜の名所。円山公園の夜桜、
疎水沿いのソメイヨシノ、
遅めの花には御室仁和寺もいいだろう。

国内外の人々が楽しみにしている桜。
そんな桜を守り、調査し育てている人がいる。“桜守(さくらもり)”
そう呼ばれるのは、植藤造園16代目当主、
佐野藤右衛門さん。
昭和3年生まれ、造園や桜の仕事で日本各地や海外を訪れ、桜にまつわる著書も多い。3月中旬、京都は嵯峨野にある庭園を訪ねた。

園内では早咲きの花が咲き始め、数え切れないほどの蕾が開花の時を待っている。


藤右衛門さんがさっそく花の香りについて
話してくださった。







【自然と暮らす】

「芳香性の植物、代表的なものが梅やな。

なぜ梅がいい匂いを出すかというと、
寒い時に咲くから……じゃぁまずは

“住”の話からはじめようか。


昔の日本家屋では、雪隠(せっちん/
お手洗いのこと)と風呂、台所、水回りは
母屋から離れていた。
今は全部家の中にあるけれども、昔はきちっと分かれていたんや。

冬の寒い季節、雪隠から出ると梅の香りがする。そんな造りやったんやな。

そしてその果実は梅干しにする。果実を作るためには昆虫や鳥が来てくれないといけない。

けれども、寒い時期には虫も鳥も少ない。
だから香りで誘っていた。

その香りを、水回りの匂いを消すために
上手に利用していたんやな。


でも、桜が咲く季節には、もう春でたくさん昆虫もいる。
だからあまり香りはないんやな」。

暮らしと植物の香り。

思いがけずに広がった香りの話しに
引き込まれる。



「桜にあまり香りはないとはいっても、
樹液には色々な成分が含まれている。

それを上手に使ったのが染め。
他にも山桜を面皮(めんかわ)にしたり、
灰にして釉薬にしたり。最後は土に帰す。

昔の暮らしでは植物が持っているものを
うまく使っていた。

それが今では技術的に香りを抽出したり……
それは桜の本当の香りではないと思う。

自然界のものを使うとなれば、細かいところまで知らないと本当の意味では使えない」。趣味でなさるという焼物。

桜の灰で作られた釉薬。

どんな種類の木からどんな色が生まれるのか、そこには色とりどりの器が並んでいた。









【桜の香り】

庭園では「十六夜(いざよい)」という
品種の桜が花開いていた。

藤右衛門さん曰く、青臭いという香り。

青臭いとは一体どんなものなのか。

差し出してくださったそのひと枝に、
植物がもつ香りの素晴らしさを知ることとなる。
透明感、瑞々しさ、甘さ、言葉では表現しきれないような、初めて知る香りだったのだ。
香りに酔うような、クリアで甘やかな香り。

思わず出た「いい匂い」という言葉。


「桜の香り。
どの桜をイメージするのかが大切や。

本来の京都の桜、山桜をイメージしないといけない。とくに赤芽の山桜がいいな。

オオシマザクラは葉の香りがいいけど、
花はあまり咲かないんや」。

楽しそうに話してくださる笑顔が印象的だ。









【香りの文化】

藤右衛門さんは香りの文化にも造詣が深い。

インセンスをたく間の15分、
こんなお話をしてくださった。

「煙の立ち方で、昔の日本人は天気も
わかった。湿度もわかる。

湿度が高ければ燃えるのにも時間がかかる。遊郭でもお線香で時間をはかったり。
そんなこともあったんやで。

煙も“立つ”といったり、“なびく”といったり。香りのことで、言葉の遊びや文化までを知れる。

それを今の人は忘れている。

お香1本がものすごく奥深い」。

俺の雑学やから学説とは違うで、
と笑いながら話してくださる。

「1本のお香には香りの歴史の重みがある。仏教のことを含めばもっと長い。

“燃える”という現象だけを見ていてはいけないな。

その背景を知り、それを時代に合わせて
まとめることが大切なんや。

香りをたくと、多くの人が同じ環境の中に入れる。

“香をたきこむ”という言葉、

本当にいい言葉やと思う」。

日本人が培ってきた文化。

革新の裏には基本をしっかりと積む。



そして、遊ぶことが大切と藤右衛門さん。
「すべて地球上にあるものの命をもらって
作らせてもらっている、

それが最後に人間のためにはかない煙に
なっていくんやな」。


花が咲くということは、1年間の成果が
出るということ。
桜守にとって満開の時は、
ほっと一息つくときだという。

桜を守り、育てる人との出会いは、
香りを知り花を愛でるだけにとどまらず、

日本の文化を見直す機会となった。


桜を知ろうとした今、私たちの「文化」や「暮らし」の本質をあらためて問われているような気がした。



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