長い長いパチンコの歴史の中では、パチンコの機械の進歩もあった。


パチスロにも当然長い歴史があった。

しかし、私は諸事情によりパチスロを全く打たない時代や年代が多くあったので、ここではパチンコのみの話です。悪しからず。


しかも、最近またそんな時代に突入してしまったのかもしれない。




1980年
業界初ドラム式パチンコ。

フィーバー(三共)


こんな大昔の機種は
打った事はないと思う。多分。



1981年
羽根物の元祖 平和のゼロタイガー登場。

ゼロタイガー(平和)


最高継続8ラウンド。入賞数カウントの制限は無く、羽根が18回開閉するまで1ラウンドで10個以上入賞も可能であった。
しかし、それは後々規制される事となる。


このゼロタイガー。
これまた、大昔なので自分の記憶に自信がないのだが、新◯◯店で打ったような、見たような、そんな微かな記憶がある。


確か羽根のシマの左側端っこに2台程あったような。しかし、もうそんな大昔の私の記憶は全く当てにはならない。^^;



1986年〜
旧要件機羽根物。

ビッグシューター(平和)


言わずもがな。
名機。


POP ART(ニューギン)


大当たり中には、役物内のカプセルの中央に銀玉が一個貯留されて、ラウンド継続を高確率にする。

このPOP ARTは当りやすく継続しやすいのが利点ではあったが、打ち止め終了までの道程は長かったのを憶えている。




1991年〜

新要件機羽根物の登場。
大量出玉の羽根物へ。

ニューモンロー(西陣)


羽根物としては、少し変わりモノであるニューモンロー。

左肩のGOチャッカー入賞で、中央下部の電チューが1秒間開放するので、そこに銀玉が入れば羽根が2回開閉する。その1開閉目に銀玉が役物内に入るとVゾーンへと向かいやすい。
と言うより、私が打った限りではその王道ルートでしか大当たりはしなかったように記憶する。


個人的には打ち込んだ機種ではなかったけれど、羽根物としては、面白いっちゃ面白い。

作り手が面白い羽根物を作ろうと色々と思考したことが解るという、そんな羽根物は価値があると思う。



マッドボーイGP(三共)


同じく新要件機の大人気機種あちこちのパチ屋に設置されていたサンダードラゴンと同時期に登場した為か、ほとんどこのマッドボーイGPを設置しているパチ屋はなかった。


近隣ではニュー◯◯◯リー店だけが設置店であった。


このマッドボーイGPは大当たりを得ると二千発程の大量出玉があった。
なので、当然Vゾーンにはなかなか入らない。

それでも何故か好きであったこの機種。
ドツキのサンダードラゴンを避けてこちらを打ってたのかもしれないなあ。


旧要件機では最大継続ラウンドが8Rだったのが新要件機では15Rに変更された。

大量出玉の羽根物となったので、新要件機は殆どの機種が当然のようにVゾーンへの入賞率は低かった。


そんな中でも、Vゾーンへの入賞率が比較的高かったのが、このサーカスIII。

サーカスIII(三洋)


Vゾーン入賞率は高かったが、他の大量獲得羽根物よりも、大当たり中にパンクする確率が高かった。

攻略法と言われた『9個止め打ち』というのを実行したとしても、さほど効果はなかったように記憶する。

それでも、そんなサーカスIIIなので寄り釘を甘くする店があったので、そんなパチ屋にはよく打ちに行き、パンクとの闘いに悪戦苦闘していた。


その話の詳細は、このブログ『ラッキーという店』②にて書いているのでここでは省略。



1992年
ラウンド振分羽根物への進歩。

たぬ吉くん(京楽)

一度Vで当たると、その後4回Vが出る仕様。
なので、Vが出ると打ち止め終了まで一直線。
しかし、大当たり中にパンクするとその後のVの権利が消滅する。




長い年数をかけて、羽根物はラウンド振分羽根物へと進歩していった。

それが現在まで続いている。

もう二十数年もの長期間存在し続けているラウンド振分羽根物。


この後には何処へ向かっていくのか。


どこかの作り手が今までに無い全く新しい羽根物を開発してくれるのか。


それとも
アレンジボール
一発台
アレパチ
権利物

これらのように

消滅してしまうのか。


なんとか
この先もずっと存続して欲しい。





一方、デジパチでは


1990年頃〜


ドラム式デジパチ

新要件移行後のフィーバーシリーズ第一弾。

フィーバースパークCX(三共)


やはり保留玉連荘に尽きる。





と、今回はここまで。



続。