さて、試運転も終了し、元の港に戻ってきました。
ほっと一息を吐きたいトコなんですが、報告メールなど関係各所にメールを送信しなければならず、気付けば深夜1時を回っていました。
この港へ戻ってきて錨泊をするのですが、港内では港を管理する港長がその場所を指定してきます。
更には水先案内人をその港に入る手前で乗せ、サポートしてもらいます。
試運転の帰りにその水先案内人をピックアップして、アシスト頂きながら指定された錨地に錨を下ろして。
この水先案内人、ボクが言うのも何ですが、凄く丁寧で上手だったんですよね。
錨を下ろしたら、その水先案内人は下船していき、後はボクら乗組員で錨泊中の当直で周囲の状況を確認して、見張りを継続。
関係各所にメールを送信して、さてボクも休もうかと思った時に、当直の二等航海士から報告。
「かなり近い位置に他の船が錨を下ろし出しました。」と。
んんっ?
イヤね、この港は凄く沢山ある船が錨泊をしているんですよ。
実際、ボクの船が錨を下ろす時も、すでに錨泊している船とのキョリをかなり気にしながらだったんですよ。
なのに、後から来た船がかなり近くに錨を下ろし出している…。
その船で無線により、もう少し離れた位置に錨を下ろすよう要請するも聞く耳持たずという感じで。
結局、押し問答しながら、相手の船が世が明けたら錨を引き上げてその錨地からいなくなると、言うことで、仕方がなく了解したんですよ。
それで時間をとられ、3時を回ってしまったんですが…。
でも、コレが間違いでした…。
いや、その時は正直それ以上どうしようもなかったんですよ。
港長にから「離れた位置に錨を下ろすよう、再度指示をしてくれ」と頼んでも様子を見てくださいの一点張り。
相手船は港長が指定した場所だから…と言うばかり。
だから、ボク達が移動するしかないんですよね。
でも、移動するにしてもまた水先案内人を手配しなければならず、乗組員の機関部も休んだばかり。
それにボクも休みたかったんですよね。
1日船橋に立ち、全速力で航行して…体力的にではなく、精神的に疲れ切ってたんですよ。
だから、これ以上押し問答を繰り返しても仕方がない、ボクら動くしかない、でも、今はムリ…そんな感じで。
翌朝、起床後直ぐに船橋に行き状況確認に。
「まだ、いるじゃんっ‼︎ アイツ‼︎」
当直の一等航海士がしっかりと見てくれてはいるものの、近いのは変わりない。
錨を下ろして…先日ちょっと触れましたが、船は錨泊したら錨を中心にして汐や風の影響を受けて触れ回るんです。
近くにいる船は近いのでほぼ同じ風や潮の影響を受けるので、ボクの船が西を向いていると、近くの船も西を向いているんです、だいたいは。
でも、船の大きさや受風面積の差などで常に同じタイミングで錨を中心として振れ回るワケではなく、時間差があるんです。
コレが船と船のキョリがある程度離れている時は、触れ回るタイミングに差が生じてもぶつかるコトはないのですが、近いと…。
午前中は近くに錨を下ろした船に動きはなし。
朝には錨を揚げて、出て行くなんて言ってだけど、まぁ、そんなものなんですよね。
仕方がない、引き続き注意深く見るしかないです。
昼食をとり暫くすると午後からの二等航海士が報告してきました。
「かなり近づいています。」と。
急いで船橋に上がり、その船を見ると…あり得ないくらい近づいている‼︎
直ぐに船の中に流れる放送のマイクを取り、
『緊急、緊急、錨を巻く準備に掛かれ!』と、緊急指示をしました。
いや、もうブツかるよってキョリ。
機関長にも連絡し、直ぐにエンジンを使える準備を願うと。
間に合うのか、間に合わないのか?
先に書きましたが、水先案内人を乗せないと勝手に、港を移動出来ないんですよ。
でも、そんなの今は連絡したからって、5分や10分で来てはくれない。
手配を実際にしてくれる代理店に連絡するも、やはり1時間は掛かると。
なんでもイイ、取り敢えず出来る限り直ぐに水先案内人が乗船するよう手配してくれと。
錨泊中、船は無力なんですよ。
エンジンも停止しているので、自らが何かを避けるなんて出来ないんです。
ただ、少しでも早くエンジンの準備が出来るコトを祈るばかり。
あっ、二等航海士の報告が遅かったんじゃないですよ。
どちらと言えば、よくぞ、報告してくれたッ‼︎と感謝するくらいです。
でもね、その時点で10分後にその船と接触するのか、30分後なのか、それとも上手く自然とこの危険なキョリを回避出来るのか?は分からないんです。
近づく時は見ていても、アレよアレよという間に近づきますから。
その時のボクの船と相手船の動きを見ると、45分はもたない感じ。
ギリギリ30分かな、という感じ。
機関長にメインのエンジンの準備と共に、スラスターと言って着岸の時に使う補助的機器の準備をもお願いして。
このスラスターは30分以内に準備できるはず。
スラスターは船首を左右に振るコトが出来る機器。
通常5ノット以下でしか使えないんですが、今は錨泊しているので、準備が整えば使える‼︎
なんとかコレで凌ぐしかない…。
錨を巻けばイイじゃない?と思うかもしれないですが、エンジンの準備が出来ていなければ不用意に巻くと、余計に他の船と近付くコトも考えられるので、取り敢えずスタンバイ。
いや〜、かなり焦っていたと思うんです。
もうこの緊急の状況になると航海士達もボクの指示がなければ、動けなくなってますし、ただ近づいていくキョリを報告してくれるだけ。
それしか出来ないんです。
ボクも船橋内を右から左に、左から右に足速に移動して、近づく船を見ているしかない…。
どれくらいたったんだろう、機関長から連絡
「スラスター準備できました‼︎」と。
スラスターだけでも使えれば…なんとか…。
即起動し、少しでも近づかぬように船の姿勢、方向を保って。
実際どれくらい近かったかって?
30m程です。
入渠の時の左右の幅が5mの余裕しかないって言ってましたが、エンジンも何も使えぬ状況で30mまで近づくって有り得ないんですよ、300m程の全長の船を操作する身としては。
スラスターでなんとか維持しながら…あとは祈るばかり。
それからどのくらい経ってからだったか、ボクには非常に長く感じましたが、機関長から
「エンジン準備できました‼︎」の報告が。
もちろん、即起動。
ただ、まだ水先案内人が乗っていない‼︎
港のルール的には船を動かせない。
でもね、ボクの中では水先案内人が乗ろうが乗らまいが、何せこの錨地を離れると。
水先案内人を待っている間にぶつかっちゃいました…なんて目も当てられない‼︎
“お前船長だろ、自分の船をぶつけぬようにするのは当たり前だろう”と。
港長から何か言われたって、後から謝ればイイ。
それで済むんだから。
ただ、ぶつけたならそんな簡単な謝罪じゃ済まされない、裁判所行きだよ。
そうと決めれば、機関を起動して、錨を巻こう……かとした時、代理店から連絡が。
「後10分で水先案内人が着くはず」と。
10分⁉︎
10分なら、エンジンもスラスターも使えるし、いつでも錨を巻くコトは出来るので、なんとか耐えられる‼︎
じゃ、待とうか。
15分後にやってきました。
水先案内人は船橋に上がってくるなり、「この状況のどこが危ないんだい?」と。
そりゃ、そう見えるでしょうよ、エンジンやスラスター、舵を駆使して安全な状況に、船の姿勢にしたんだから。
でも、エンジンを停止し、スラスターを止めたら、またさっきまでの状況に陥りかねない。
取り敢えず、この錨地は動く‼︎ と強く言うと、「どこに行っても同じだよ」と水先案内人は。
そんなコトは百も承知。
何せ、何百と云う船がトコロ狭しと錨泊しているんだから。
でも、ココは動く‼︎と。
周りにいる航海士達もただ、ボクと水先案内人の遣り取りを聞いているしかなく…。
いつになく、ヒステリックに強い口調のボクに、こいつかなり焦っている…って思われただろうね。
まぁ、でもそんなコトどうだってイイ。
ただ、動くコト、コレは譲れない!
いくら水先案内人が他の場所に動いても、この状況と変わらないと言おうとも。
あんたが首を縦に振らなくとも、ボクは船を動かす、ただそれだけのコト。
意図というか、熱意が伝わったのか……いや、こんなバカ奴と言い争いしたってムダと諦めたのか、「じゃ、あそこの錨地に動こう」と。
ってコトで、漸く移動開始。
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この水先案内人との遣り取りに実は15分程費やしているんです。
その間、ボクはエンジンやスラスター、舵をちょこちょこ動かしながら状況をキープ…をしているにも関わらず、なかなか理解してくれなかったんだよなぁ〜この水先案内人は。
ってコトで5km程進んだ錨地に再投錨。
なんとか、なんとか、ブツからずに済みました。
でね、後からボクが船内に緊急揚錨の指示を船内放送でしてから、エンジンが準備出来るまでの時間って35分ほど。
ボクは1時間以上、いやそれ以上の長さに感じでいましたが、それだけ焦っていたんだと。
かなり急いでエンジンを準備してくれたんだと、後から見ればわかるんですが、その時は「まだ準備出来ないの?」とココロの中で思ってましだけど…。
イヤ〜でも、午前3時に相手船と平行線の遣り取りの後に、動くコトを決断し、動いていたらこんなには焦るコトもなく、機関長が緊急準備をして頂くコトもなかったかと…思うのですが、そんな気力は残ってなかったんです。
それはボクだけでなく、皆。
コレまで約1か月、入渠中の作業を連日油まみれ、汗まみれになって働いてきて、やっと出渠し、試運転終了まで漕ぎ着けたんです。
もちろん安堵するのは早いって分かってはいたものの、皆少しの休憩が欲しかった…。
結果として事なきを得ましたが、ホント焦りました。
何もなかったから、こうやってブログにアップできるんですけどね。
改めて、緊張の糸を手繰り寄せ、日々安全な航海に努めなければならないと痛感しました。
〜 Dave Koz / UNDENIABLE 〜
今日は長くなったのでインスト系で。
Dave Kozのアルバム『saxophonic』から「UNDENIABLE」
こんなにゆったりした気分じゃ全くなかったですが、ボクの判断にある程度落ち度があったコトは否定できないので…。