最後のひとひら 〜Hommage Beauty & Beast〜 | 夢の終わりに・・・

夢の終わりに・・・

哀しいほどの切なさとときめきを


◇Prologue

「真澄、お前に最後のチャンスをやろう・・・。」

義父の英介が真澄に突きつけてきた条件・・・それは。

「北島マヤをお前に惚れさせてみろ・・・。
そして、紅天女の全てをその手中にするのだ。
それができたなら、鷹宮との婚約は諦めてやる。
ただし、期間は三ヶ月・・・その間にお前が、北島マヤを手に入れられなければ、お前は紫織さんと婚約し、結婚をするのだ。
そうなればもう、お前には選択の余地はない。
その時は、儂があの子にお前の秘密を明かしてやる・・・お前が二度と過去に逃げられないように、紫の薔薇の秘密をな。」

「・・・何故貴方がそれを?」

「フン・・・そんなことがわからない儂と思ってか。」

真澄にとって、それはほとんど勝ち目のない賭けだった。
女優北島マヤを手に入れることなど、真澄がその気になれば容易い。
紅天女の上演権も同じだ。
しかし、真澄がどれだけ望んでも、足掻いても手に入れられないものがある。
それはマヤの心(あい)・・・そしてそれこそが、真澄が心の奥底で密かに望んでいた、唯一の夢であった。


◇    ◇     ◇


真澄は独りで、伊豆別荘にいた。
考えたいことがあったからだ。
書斎の椅子に座って、本棚から取り出した古いアルバムを数冊、机に並べてじっと見つめる。
年代の古いものから順に頁をめくってみる。
そこにはまだ、あどけなさが残る高校生の頃のマヤがいた。
学校の制服姿のマヤ、舞台で様々な役を演じるマヤ・・・どのマヤも真澄は知っている。
ずっと見てきたから。
ずっと守ってきたから。
でもマヤを守ってきたのは速水真澄であって、速水真澄ではなかった。
紫の薔薇という、真澄自身が創り出した幻想。
そしてマヤはその幻想を愛しているという・・・見たことも会ったこともない、見ず知らずの人間なのに、彼女は無条件にそれを受け入れている。

因果応報・・・これまで速水真澄は、目的のためなら手段を選ばず、悪鬼と謗られようが構うことなく突き進んできた。
マヤの母親の事も、当初はその延長線上にあったに過ぎない。
しかしその結果、真澄はマヤから大切な唯一の肉親の命を奪うことになってしまった。
殺意があったわけじゃない・・・況してや、マヤを苦しめたり悲しませたりしたかったわけじゃない。
あの時の真澄には、マヤの女優としての居場所を確固たるものものにする・・・その事しか考えられなかった。
あの時には、まだわからなかったのだ。
紅天女への執着がマヤへの執着に変化しつつあったことを気づけなかったのだ。
そして、その執着が『愛』と呼ばれる感情である事も。

その結果マヤから母親を奪ってしまったという事実と罪悪感だけが残り、真澄に地獄の炎に炙られるかのような苦しみを与え続けた。
それは、真澄のマヤへの愛が深まれば深まるほどに酷くなっていった。
そしてその苦しみから逃れるように、真澄は紫の薔薇を通して、マヤを慈しんだ。
それが真澄の知る唯一の贖罪の方法だったから。
皮肉にもその結果、速水真澄という人間は、マヤに憎まれる存在であり続けることになってしまった。
マヤが生きるために・・・マヤが女優として成長するためには、強い強いエネルギーが必要だったのだ。
その強いエネルギーは、マヤが己を憎む事で生まれると真澄は思っていた。
たとえそれが負のエネルギーであっても、いや、負のエネルギーだからこそ、その熱量はマヤを如何なる困難にも立ち向かわせることができるだろうと。
その真澄の願いが天に通じたのか、マヤは遂に紅天女をその手に掴んだ。
紅天女の正統継承者となったマヤの女優としての価値は、そう容易く崩れることはないだろう。
だが、マヤ自身と紅天女の上演権を守るには、彼女はあまりにも世間に疎過ぎる。
できることならこの手で、マヤを守ってやりたい・・・。
けれどその思いを素直にマヤに告げることは、もはや真澄にはできなかった。
何故なら、マヤがそれを望むことはあり得ないからだ。
真澄は正々堂々とマヤに手を差し伸べることは許されない。
どれ程マヤを愛していても、その愛はマヤには受け入れられることはない。
だから今も真澄は、自分の中に渦巻く矛盾に目を背けて、紫の陰にそっと身を潜めるようにして、マヤを思い続けている。

そんな真澄が、三ヶ月という時間でいったい何が変えられるのだろうか?
いっそマヤに全てを話してしまおう・・・何度も自問自答して、迷い道に迷い込む。

「できない・・・マヤの心の支えを奪うようなことは。」

紫の薔薇の正体が速水真澄と知った時、マヤが受ける衝撃を想像する。
彼女の嘆きが生々しく真澄の裡に湧き上がった。
その瞬間から、紫の薔薇すら憎しみの象徴になってしまうのだろう。
たったひとつ、二人が心を通わすことのできた、その花が散りて朽ちるのだ。

「紫の薔薇を支えにしていたのはマヤだけじゃない。
むしろマヤよりも自分・・・この俺自身が支えられていたんだ。」

マヤとの絆を失って生きて行かねばならない己の人生を想像する。
昔のように人としての心を凍らせて、喜びも悲しみも何ひとつ感じることのない男に戻れるならば、どれ程楽だろう。
けれど、マヤの情熱に溶かされた心は二度とは昔には戻れない。


マヤの初主演映画の完成試写会が行われることになった。
舞台挨拶に立ったマヤを真澄はシアターの一番後ろの席で見つめていた。
見守り続けた少女が大人に成長してゆく様は、嬉しくもあり、寂しくもあり、そして一抹の不安を真澄にもたらす。
手のひらに乗せていた蝶が飛び去り、別の花に誘われてゆく。
そして、もう二度とこの手のひらに帰ることはない。
それをただ見ていることしかできない存在になるのか。
切ない思いを噛み締めながら舞台を見つめていた時、事件は起こった。

熱狂的なファンなのだろうか、ひとりの男が舞台に上がって来ようとした。
共演者の俳優達がマヤを背後に回して庇おうとしている。
真澄は思わず通路を走り抜け舞台まで近寄る。
流石にスタッフ関係者で真澄を知らない者はなく、真澄はマヤに近づく事を阻まれることはなかった。
真澄は自分の上着を咄嗟に脱いで、マヤを引き寄せ、頭から覆う。
何が起こるかわからない・・・真澄は仕事柄と経験で、それを知っていた。
だが、真澄がマヤを護ったのは本能であった。
マヤが女優だからじゃない・・・己が事務所の社長だからでもない。
そこにいるのが、誰でもないマヤだから・・・それ以上の理由など真澄には不要であった。
己の腕の中にマヤを閉じ込め、真澄はとりあえず安堵する。
しかしその一瞬の隙が、次の衝撃を呼んだ。
警備が件の男を捕らえて、舞台を去ろうとした時、その警備の一人がマヤに向かって何かを放ったのだ・・・

あたりに焼けつくような異臭が漂っていた・・・
真澄が左肩から背中にかけて受けた衝撃。
熱湯を浴びせられたような熱さかと思えば、それはすぐに経験したことのない激しい痛みに変わった。
濡れたワイシャツが真澄の肌に張り付いていた。

「塩酸だ!」

誰かが叫んだ。
真澄はそれを聞き、自分のことよりも腕の中のマヤを気にした。
スーツの上着を被せておいて良かった・・・塩酸なら少量の飛沫でさえ危険だ。
真澄はまだマヤを抱きしめたままだった。
そして二人はスタッフに囲まれて舞台を降りる。
しかし、控え室に戻るまで、真澄は決してマヤをその腕の中から出そうとはしなかった。

控え室に入り、真澄はようやくマヤから上着を外した。
そしてマヤが傷を負ってないことを確かめる事に必死になった。

「マヤ・・・大丈夫か?
どこか痛いところや、おかしいところはないか。」

真澄の手が震えていた。
震えは背中の痛みからではない。 
恐怖からきているものだった。
マヤが傷ついているかもしれないという恐怖・・・マヤが自分の目の前で何者かに襲われた。
幸いマヤの怪我はなく済んだが、もしあの場に自分がいなくて、薬品がマヤにかかっていたらと、想像するだけで真澄の心が軋む。
それはこれまで真澄が経験したことのない恐怖だった。

真澄の震える指先がマヤの乱れた髪を撫でつけ、直そうとマヤの顳顬辺りを彷徨っていた。
そしてその無事をもっと確かめたいと、そっとマヤの頬に触れる。
そんな真澄は自分の背中の痛みなどまるで忘れてしまっているようだった。

「マヤ・・・マヤ・・・」

「大丈夫・・・私は大丈夫だから。」

自分を庇って塩酸で火傷をしている真澄に気づくと、今度はマヤが焦り始める。

「救急車・・・」

スタッフに救急車を呼んでもらおうと、部屋を飛び出すかのような勢いのマヤを真澄が引き止める。

「離れるなっ!俺から離れるなっ。」

外の状況がわからない中、マヤを手離すわけにはいかない。
怪我を負っているのは自分なのに、マヤを護る事しか真澄の頭にはないようだった。
間も無くスタッフが、救急隊員を連れて部屋に入ってきた。
真澄は自力で歩けると言って、隊員と共に救急車に向かった。

「速水さん、私も行く!」

「大丈夫だよ、マヤ。
君には舞台挨拶がある・・・。
スタッフには厳戒態勢を敷くように指示を出すから、安心してお客様の前に立っておいで。」

真澄は微笑って、マヤの肩に優しく触れると、救急車に乗って病院に搬送された。

そして、一時騒然となった試写会は一部予定を変更しつつも、その後は無事に終了を迎えた。


その日のスケジュールを全て終えたマヤは、大都芸能の社長室に真澄を訪ねた。

「水城さん、速水さんは?
速水さんは大丈夫なの?」

今にも泣き出しそうなマヤの顔に、水城の胸も痛んだ。

「私を庇ったせいで・・・」

マヤが自責するのを水城が止める。

「マヤちゃんのせいじゃないわ。」

そこに病院から戻った真澄が現れた。
新しいワイシャツでネクタイは締めず、上着は袖を通さずに肩にかけたままの姿の真澄は、部屋にマヤがいるのを見て驚きの表情をしていた。
水城はマヤと真澄を二人だけにするべく、一礼して部屋を出た。

「・・・マヤ・・・大丈夫か?」

顔面蒼白のマヤを真澄が心配する。
マヤに近づき、蒼白い頬にそっと手の甲で触れる。

「今日は君に怖い思いをさせてすまなかった。
安全対策を怠ったつもりはなかったが、甘かったようだ。
許してくれ・・・。」

怪我をさせて謝るのは自分なのにとマヤは首を何度も横に振った。

「マヤに何もなくて良かった・・・」

「速水さん、背中は?怪我、酷いんでしょ?」

その白皙の美形と同様に、真澄の身体は大理石像のように美しいに違いない。
その肌に生涯消えないかもしれない痕が残る。
マヤは申し訳なさでいっぱいになった。
そしてそれは涙となって、止めどなくマヤの瞳から溢れ出る。

「速水さん・・・の・・・身体に・・・傷痕残っちゃう・・・」

マヤが自分のために泣いている・・・紫の薔薇の人ではなく、速水真澄自身を思っての涙だった。
真澄の胸に甘苦しい感動が沸き起こる。
期待してもいいのだろうか?
自惚れてもいいのだろうか?

「マヤに傷痕が残るようなことになったら、その方が俺には悔いが残るんだ。
その悔いは一生消えないものになる。」

マヤに対する後悔は、今でも嫌という程に抱えている。
その上更に悔むことが増えたら・・・それに比べたら、背中にどれほど醜い傷が残ろうとも、真澄は構わないと思う。
寧ろそれは真澄にとっての勲章だ。
マヤを護れた証なのだから。

「・・・この傷の事でマヤが気に病むことなど何一つないんだよ。」

真澄がそっとマヤの涙を拭おうと手を伸ばしたその時、

「そこまで大切にされて、私は女優冥利につきますね・・・」

マヤが発した言葉に、真澄の指先が凍った。
違う・・・違うのに・・・。
あの時の真澄は、女優としてのマヤを守りたかったわけじゃない。
この世で唯一人の愛する者を傷つけたくなかっただけなのに。
マヤには想像すら出来ないのかもしれない。
それは彼女がそんなことを露ほども望んでいないからだ。
真澄は伸ばした手をぐっと握りしめて、腕を下ろした。

二人の間では、紫の薔薇は咲くことが許されないのか?
散るしかないのだろうか・・・風前の灯のように、薔薇の花びらが落ちてゆくのを真澄はその心で知る。
そんな真澄の心の機微には気づけないマヤだが、真澄のことが心配で思わず本音を口にしてしまった。
せめて今だけでも真澄のそばにいたい。
マヤはマヤで真澄と同じ想いを抱えていた。

「速水さん・・・、私にできることがあれば何でも言ってください。」

だが、やはり真澄にもマヤの心の機微は分からなかった。
自分に怪我をさせた負い目からこんな風に言ってくれるだけだと、真澄は心を陽の当たる場所から暗くて冷たい陰に隠してしまった。

「・・・何も心配などいらない。
俺は大都芸能の社長として、当たり前の事をしただけだ。
・・・君・・・だからじゃない。」

花びらが散る・・・。
ひとつ・・・またひとつと・・・瞬く間に、残された花びらは最後のひとひらになる。

マヤの胸を別の痛みが襲った。
どこまでいっても自分は商品でしかないのか。
商品にここまでする真澄は、それ程に執着しているのだろうか・・・紅天女に。

「ご・・・めんなさい・・・私、自意識過剰・・・そうですよね・・・私に・・・は・・・ない・・・ですよね・・・女優以外の・・・価値・・・なんて・・・。」

そして儚く散った最後のひとひら・・・。
二人の運命は変わらない。

大きな瞳にいっぱい涙をためて、震えるマヤに真澄が息をのむ。
そんな風に泣かないで欲しい・・・懲りもせず期待してしまう。
それが苦しくて、マヤから視線を逸らすしかない真澄だった。

「・・・き・・・なの・・・すき・・・なの・・・」

けれど、耳に届いた言葉に真澄は目を見開く。
今のは・・・幻聴か・・・?
堪らずその場から逃げ出そうと、踏み出すマヤの手を真澄が思わず掴んだ。
幻聴でもいい・・・嘘でもいい・・・もう一度聞きたい。

「マヤ・・・?」

マヤが不安に押し潰されそうな顔をして、自分を見ている。

〜俺はこの子にこんな顔をさせていたのか・・・いつもこの子を苦しめてばかりだ・・・こんな顔をさせちゃいけない・・・〜

先程の幻聴がマヤの真実なら・・・これまで自分はどれだけマヤを傷つけてしまったことだろう。
マヤが好き過ぎて、己の痛みが強過ぎて、一番大切なものを見失っていたような気がした。

「・・・本気・・・に、する・・・ぞ・・・マヤ・・・。」

握ったマヤの手を離し、その両肩を掴む。

「・・・好きだ。」

「えっ・・・それって・・・」

「そうだ、マヤ。
君への愛の告白だ・・・。」

マヤは驚きのあまり、涙も止まり、言葉が続かない。

「愛・・・って、言った・・・?」

真澄がマヤを抱きしめる。

「ああ・・・愛してる・・・君だけをずっと愛してきた。
紅天女だからじゃない、女優だからじゃない・・・マヤは俺にとってただ一人の・・・大切な女だ。」

「私も・・・私も速水さんが好き・・・」

二人はまだ互いにこの嬉しい現実を完全には信じきれていないようだった。
真澄は部屋のソファにマヤを座らせて、これまでの思いと義父英介と交わした約束の話を打ち明けた。

「もうあと少し気づくのが遅ければ、私達はこうして互いの思いに気づかないまま、結ばれることはなかったんですね。」

改めて言葉にするとそれは、二人にとってとても残酷な運命だと思った。
真澄は思わずマヤを抱き寄せた。
そしてふと見やった窓辺に飾られたものに真澄が目を見張ると、マヤもそこに視線を向ける。

「紫の薔薇・・・」

マヤが呟く。
一輪挿しに挿された薔薇は今は盛りと咲き誇っていた。

「・・・散らせずに・・・済んだ・・・」

思わず真澄が呟く・・・その声は涙に震えていた。

もう何も隠しておきたくはない。
真澄がマヤに紫の薔薇の正体を明かせば、マヤも紫の薔薇の秘密を明かす。
真澄は初めて知る真実に胸がいっぱいになった・・・二人はずっと愛し合っていたんだと。

「マヤ、今夜は一緒にいてくれないか?
・・・もう、離れたくない。」

「・・・うん。」



-epilogue-


フロアに鳴り響くワルツの調べ。

そこに咲き誇る大輪の薔薇。

薄紫色のドレスに身を包んだマヤの手を掲げるのは、漆黒の燕尾服を纏った真澄だった。

薔薇に負けない笑顔を溢れさせる二人。

そんな二人を眩しいものを見るかのように目を細めて眺めている英介。

「これで漸く会長も肩の荷が降ろせますわね。」

英介の隣に控えていた水城が声をかける。

「お前にも世話をかけたな。
どうにもあの二人は焦れったくて敵わんかった。」

「全くですわね。」

「でもあいつらはまだまだじゃ。
これからも頼んだぞ・・・。」

「はい。」


*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・**・゜゚・*:.。..。.:*・'


「マヤ・・・いつの間にか、君は素敵な淑女(レディ)になった・・・」

真澄がマヤの頬や耳朶や肩に口づけながら囁く。
婚約披露パーティーの後、二人はパーティーの会場のホテルに部屋をとっていた。
新婚初夜さながらのスイートルーム。
天蓋付きベッドのシフォンのドレープに2人の陰が揺れる。
真澄は大切な宝物を扱うかの如く、マヤの肌に触れて、その身体を慈しんだ。
そしてマヤも真澄の愛情を心と肉体の両方で受け止め、真澄を心身共に満たしてやる。

マヤの手が真澄の左肩から背中に流れてゆく。
滑らかな肌に感じる違和感・・・マヤを庇ってできた傷痕は、真澄の白い肌に薄い赤紫色のケロイドとなって広がっていた。
それを見るたびに、触れるたびに、 マヤの胸がチクリと痛む。
皮膚移植をすれば、もっと綺麗になると医者は言う。
だが、真澄はそれを拒んだのだ。
マヤを護った証・・・こんな醜い傷痕さえ、マヤの為と思えば大切に思えるから、消したいとは思わない。
それに・・・。

「ごめんよマヤ・・・俺は狡くて弱い男だから・・・この傷を消せない。
マヤがこれを見るたび負い目を感じることはわかってる・・・でも、だからこそ・・・。」

マヤの胸に顔を埋める真澄が震える声で、告解する。

「この傷でマヤの気持を俺に縛り付けてしまいたいって、心のどこかで思ってる・・・。」

そんなことを言われたらマヤもお手上げである。
仄暗い執着心さえ、もう真澄は隠そうとはしない。
こんな風に自分の全てを曝け出して、愛を請われて、それを拒絶することなどマヤにできるはずもなかった。

マヤは真澄の傷痕に何度も唇を寄せて、キスを繰り返す。
愛情に飢えて育った孤独な真澄を満たしてやりたい・・・その一心で、マヤは真澄の傷痕を愛してやる。
そしてその想いは、真澄の心と身体を素直で敏感なものに変えていった。

「・・・す・き・・・好き・・・だよ・・・」

「・・・愛してる?」

「ああ・・・。」

マヤの膨よかな胸に顔を埋めて頷く・・・。

「愛してる・・・」

「愛してる・・・」

繰り返される接吻と愛の交歓。
幸せそうに微笑むマヤに真澄の心は溶かされる。
こんなにも優しげな真澄の貌をマヤは初めて見た気がする。
マヤがその細い指先で、真澄の頬や唇に触れるのを、真澄は瞳を閉じて楽しんでいる。
唇をなぞられれば、そっと唇を開いてマヤの指を食む。
そして開かれる瞳は、熱に浮かれたように潤んでいた。

そして甘美な夢に漂うように二人は、夜の闇の中、ベッドの上で官能に満ちたワルツを踊り続ける・・・。

十年の時を経て、始まる愛の物語。

二人の心に咲いた紫の薔薇は、いつまでたってもその花びらを散らせることなく、永遠に咲き誇る・・・。


〜Fin〜